検査をした。退院への恐れに抵抗していたが、もうそこにいてはいけないと思った。
妹が会社を休んで迎えに来てくれた。2002年の夏も猛暑だった。
普通の服に着替えて歩くと違和感があった。
片付けてナースセンター、ドクターに挨拶に行った。
2ヶ月お世話になり命を助けてもらったことに感謝で涙がでてきた。
早く普段の生活に慣れようと思っていたが、あまりにも暑くて外を歩くことが
できなかった。たまに夜に散歩にでかけた。歩く速度は以前の5倍くらいに
なっていた。ちょっと買い物にでかけたが、すぐに気分が悪くなった。
母親はぼくの退院への喜びをあらわにしていた。そして、帰宅して間もない
ぼくは「普通」に扱われていた。でもそのようにはできなかった。
ぼくはそのギャップになぜか怒りを覚えた。その怒りを彼女にぶつけた。
それからまもなく、彼女が体のある異常を家族に話した。とにかく我慢が
できる彼女は普通の生活はできるので、医者にも行かなかった。
過去にも夏がピークを過ぎると彼女は体調を崩すことがおおかったので、
医者に行くように家族は促した。
しかし、言い訳を見つけては自分がしたいことを封じてきた彼女は、またもや
そうしようとしていた。盆の休暇でいままでかかったことのある医者は皆休み
だからという言い訳だった。
ぼくの入院していた病院はその時期開いていることがわかった。
盆の最中に検査にいった。帰ってきてあっけらかんとした表情だったが、
入院して手術をしなければならないことがわかった。
ぼくは動揺した。