表面的には長い間「大過」ない家族だったから
振り返れば大きな変化の年だった。
そして母も無事に退院、ぼくも生きていた。家族みんなでの
新年を迎えることができた。
健康であること、そして家族のありがたさとをあらためて
感じた。
年も変ってまもなく、術後3ヶ月の検診で母が再び手術を
することになった。 心が痛んだ。
ぼくは年末におきた一連のシンクロと自己との信頼と、
自分が抱いていた「まわりとの調和」のはざ間をゆれていた。
母の退院と同時にぼくは検査入院をすることにした。
このときもすべてが早くそして驚くようなタイミングで
流れた。
遠いところにある聖地にいくという最終決断は、検査の結果
にゆだねた。
3日間の入院検査が終わり、主治医に呼ばれた。
「リスクはこれほどあります。でもすべてのドクターとの
議論の結果、その旅に行かれてもいいだろうという結論に
いたりました。」
その言葉を持って帰宅した。
ぼくは家族に「これはいままで自分を信頼していなかった
自分とのつながりを取り戻すために行く」と勇気を持って
説明した。
みんなが快諾したのだった。
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Author:SIUSAN
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