時はすこしもどって、6月。クリスタルボールのミニコンサートに行った。
とても気持ちよかったので両親にも行くことを勧めた。
そのころぼくは家族の関係の歴史をたぐっていた。 会場が父が幼いころに
住んでいた場所とわかりそのコンサートにはいってみたのだ。
横たわりながら演奏を聴く、10人ほどの人がいた。ぼくはとにかくほんわかと
した気持ちになった。
クリスタルボールはチャクラや体のエネルギーを調整してくれる。泣き出すひと
がいたり、苦しい感情を感じてそれがいったいなにであるかを質問している人も
いた。
ぼくは質問をしたわけではなかったが、「もっと力を抜いていきなさい」といわれた。
夏至の前後に両親はそこに行った。帰ってくると父の顔が曇っている。演奏の
最中に腕が激痛に襲われたそうだ。その理由を聞いたところ、こんな返事が返
ってきたそうだ。
「あんたの心の問題が腕に出てきただけだ」と。
父は痛みに弱いため、それからとても意気消沈していた。ぼくはそれを見ること
がつらく、長いこと彼を等閑にしていた罪悪感に苛まれた。
2ヶ月くらいマッサージやオイルでケアをした。友人のトレガーワーカーにも助け
てもらった。
自分にとって家族とはなんであるかをさらに深く考えることになる。そして、年老
いていく両親を見ながら、死についても考え始めた。
人はいつまでも生きているのではなく、いずれ肉体を去る。
家族からの無意識の干渉に抵抗して、壁をつくっていたが、家族における自分
が学ぶべき課題は壁を持っていても解決しないことがわかった。
必要な感情を必要なだけ感じること、そして、一個体の肉体を持った人間として
生きること。 そういえるまでに、それから長い時間がかかることはそのときは
わからなかった。父とのこと、母とのこと。
でもわかったのは家族での課題を解決しない限りは、その課題は社会生活の
なかで、解決するまで形を変えてあらわれることだということだ。
それはたまらない、とも思ったのだ。なぜなら苦しいから。
------------------------------
Author:SIUSAN
心地よく、快くそして楽しく
Mail:siusan@jcom.home.ne.jp
HP:Amphisphere of Life