2007年01月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

2005年12月19日

(86)「犠牲者」に思える体験

☆次の言葉を、瞑想している時に言ってみて下さい。

  「私はこの現実を受け入れます。

   私はこの現実に一切逆らいません。

   私はこの現実と一体です。

   私は平等の正義を受け入れます。

   私は平等の正義に一切さからいません。

   私は平等の正義と一体です。☆
           
               
              「なまけ者のさとり方」より

**********************************

前にもお話しましたが、僕の実家は中華料理屋さんです。
僕が中学生の頃までは、もっと規模も小さく
街のラーメン屋さんといった感じでした。

なかなか忙しかったこともあって、
小学生の頃から勉強するよりも、店を手伝うことを
親から強要されていました。

*今考えると、それも仕方のないことかもしれませんが。

小学生の頃は休みの日となると
昼間2時間、夜3時間の合計5時間の手伝いで、
毎回嫌で嫌でしょうがなかったことを覚えています。


ある日曜日、学校のクラスのみんなと
遠くの自然公園に遊びに行きました。

確か、小学校卒業記念にみんなで行こう!
ということで、盛り上がって行ったのだと記憶しています。

朝早く出かけて、夕方5時頃
くたくたになって家に戻りました。

「ただいま♪」と仕事中の父に言うと、
「何遅くまで遊びに行ってるんだ。早く手伝え!」と
怒鳴られました。

「楽しかったか?」とかそんな言葉を期待していた僕は
シュンとしてしまいました。

それでも、「まあ、楽しかったし・・・」と思いなおして、
とても疲れていましたが、すぐに手伝いを始めました。


そして夕食時、クラスの友達のT君が親御さんに連れられて
うちに食べに来てくれました。

T君は店のテレビで
僕が観たかった番組を観ながら
親御さんととても楽しそうに、ご飯を食べていました。

僕はそんなT君一家に料理を運んだり、
皿洗いをしていました。

T君と自分を比べて、お互いの境遇がなんて違うんだろうと
泣きながら皿洗いをしていたことを覚えています。


その当時の僕は、
(まあ、高校を卒業するくらいまででしょうか)
父親(もしくは家業)の犠牲になっていると、
心の芯から思っていました。


でも思うんですね。
この体験は僕にとって必要だったものだと。

よく他の方から優しいと言われたり、
いるとほっとすると言われたりします。

(夏はそばにいると暑苦しいとも言われたりします・・・)

それもきっと今まで僕が経験してきたことから
無意識に学んできたんだろうな〜と思うわけです。


もちろん、もっと大変な体験をしている人は
いっぱいこの世の中にいます。

僕にとって、丁度良い体験を僕はこれまで選んできたのでしょう。
(よく覚えてませんが)

☆気ままなエクササイズ 83☆

自分が『犠牲者』に思える体験ほど、
実は自分にとって大切な成長のチャンスと
考えることもできます。

もし、そんな時があったら

『これはどんな学びをするために
     自分で仕向けたのだろうか?』

と振り返ってみてはいかがでしょうか。

BY ぶち@りらくぜーしょんるーむAnela(あーねら) 
  http://www12.plala.or.jp/anela/
なまけもの読書会のメルマガ 第88号から転載

 

コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?