2007年09月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

2007年09月07日

128. 命あふれる“愛の泉”

先日、来週11日、コラボ☆ワークをいっしょにやる

KAORIちゃんと打ち合わせしてきた。

「秘密の入り口」にアクセスする 〜香りとアートのコラボ☆ワーク〜
http://www12.plala.or.jp/anela/wakuwaku-group-work.htm

KAORIちゃんが新しくできたフレグランス

「愛の泉」をプレゼントしてくれた・・・♪

(11日に集まってくださったみなさんにも選んでいただく

フレグランスのなかのひとつです・・・☆)

愛の泉・・・

南国のお花のような、

ふわ〜っとパワフルなあまり香りのなかから

しゅわしゅわしゅわ・・・ちょっぴりスパイシーな香りが

まさに、奥から湧き上がってくる感じの不思議な香り。

ほんとうに不思議。そして、かぐたびに香りが変わってゆく。

そのフレグランスの香りを楽しみながら・・・打ち合わせ。

うちあわせといっても、

お互い、インスピレーションのままに話していただけなんだけど。

今思えば、感性を磨く、引き出しあうって意味で、これが大切だったのかも。

話してるうちに、日々の生活という枠のなかに

どっぷりおさまっていた自分自身に気づいて、

意識がぱーーーっと地球、そして宇宙へと広がってゆく感じがした。

そう、宇宙のまんなかから地球を見下ろして、

ちいさな自分たちを宇宙から眺めて話している感になった。

そしたら自分自身のなかから、いろんな思いが湧いてきて。

ほんとうに・・・いろいろな思いが私の中から湧きあがってきた。

まさに愛の泉。


KAORIちゃんと、お互い、かつて、自分のなかの

セクシャリティの部分を否定していたときのこと、

そして自分自身のありのまんまを表現することを

抑圧していたときのこと、の話にもなって。


それをしていたことで、お互い、ものすごく落ち込んだり、

危機的な状況に陥っていたこと。


セクシャリティ、そして、自分自身を表現すること。


元をたどればどちらも大元は同じで、

セックスふくめセクシャリティの部分を否定することは、

自分自身を否定しまうこと、と同じこと。


そして、セックスを否定するということは、

みな、そこから命を授かっているのだから・・・

その原点、大元を否定してしまうということ・・・!!!


それって、ものすごく大変なことだよね、という話になった。

私自身は小さい頃、両親から聞いたちょっとしたことが

きっかけで・・・そう今考えれば、ほんとにささいなことだったけど、

セックスに関して否定的な思いをもつようになった。

私が小中学生の頃だったかな・・・

テレビでセックスのシーンが出てきて、

それを家族でたまたま見てて、(いま考えれば親も、

なんとなくどうしていいかわからなかったんだろうけど・・・)

母がそれを、ものすごくけがらわしい、みたいに言ったこと。

そのあとも何度かそういう状況になって、

やっぱり同じようなことを言った。


そして、たまたま中学のとき通ってた塾で、

教室にひとりだったわたしに、

男の子たちがアダルト雑誌を私にみせて、

私の反応をにやにやしながら見てた・・・

なんだかそのときのものすごく嫌だった感じ・・・


(今になって考えれば、どちらもほんとうに

ささいなことなんだけど、思春期の私は、

ものすごく感じいってしまったようだ・・・)


そんなことが私に影響したのか、

そのうち、なんだかそういうシーンをみたり、

セックスのこと考えると、

ものすごく嫌悪感や罪悪感を感じるようになって・・・


それはのちのち、いろんなことに影響した・・・

男性とつきあうことはもちろん、

自分自身を表現することにまで。

そのきもちが根本にあることで、

いろいろきつい思いしたなぁ〜。

これは私の場合だけど。

(そんななかでアートセラピーにも出あえたのだけど。)

私達だけじゃなく、これは社会的なものも影響しているのか、

そこを知らず知らず否定してしまっている人って

すごく多いんじゃないかな〜 という話になった。

それについて、よく思うことは、


人間も動物なんだ。ということ。


帰ってきてから夫とも話してたんだけど、

夫いわく、


動物の欲求は、大きくは、

自己保存の欲求と、種の保存の欲求のふたつだけ。


自己保存については食べることで、種の保存については

交尾することでそれを満たしている。

人間だって、根本は同じ。ということ。


でも違うところは、人間には文化的な楽しみもあって、

種の保存の欲求=性エネルギーを、セックスだけでなく、

他の形・・・ダンスや音楽やアート、はたまた

もっと高度な文化的な技術・・・などなどで

昇華しているということ。


人間の場合、もちろん、芸術を楽しんだり、

文化的なことをいろいろ楽しんだりっていうのは、

性エネルギーをただ昇華するために、

というだけではない。


それ自体が楽しみであって、

生きるエネルギーでもあって、

それが人間の素晴らしいところでもあると思う。


でも・・・


その根本を忘れてしまったら、大変なことになると思う。

そんな話をKAORIちゃんと、

そして帰ってきてからは夫とあれこれ話していた。


そして、私がその大切なことに気づくきっかけになって

くれたのは、OL時代習っていたサンバ&ランバダだった。

女性ならではの表現を楽しんでいる女性がいっぱいいて。

私もほんとうに楽しく表現できた。

腰をふったりセクシーなダンスしたり・・・

そういったダンスはもちろん、

ダンスするときの ぴらっぴらした短いスカートや

セクシーな衣装を着るのもものすごく楽しかった。

サンバやランバダの曲もほんとうにほんとうに大好きだった。

はじめて、私の中にこんなパワフルなエネルギーがあったんだ、

と気づいた。そう、こういう表現をずっと抑えていたから、

源のエネルギーから絶たれてしまっていただけだったんだ、

ということにも。ダンス、衣装・・・を通して

女性ならではの動き、楽しみを表現すること・・・

これは、ほんとうに生きる喜び、

生きるエネルギーそのものだと思った。

本場のサンバがみたくてブラジルにもいった。


ブラジルの土地のものすごいエネルギー、

そしてサンバを踊る人たちのエネルギー、

地元の小さなお祭りで子どもからおじいちゃん、

おばあちゃんまでと一緒になってサンバを

おどった楽しい記憶・・・

サンバ、ランバダ、ブラジル・・・


ここ最近、ブラジル、サンバのメッセージが立て続いていたんだけど、

このことをまた思い出して、ってことだったのかもしれない。


そう、私が命あふれる源をおもいだした・・・

大切なきっかけ・・・☆


そうだあの日、

KAORIちゃんと打ち合わせおわって別れたあと、

なんと別のお店でばったり会った!!

そして、そのお店にかかっていた曲が、ボサノバ・・・

やっぱり“ブラジル”だった・・・

そして「愛の泉」の香りもブラジルと縁があって。

11日もなにやら愛の泉、命の源をおもいだす・・・

そんなワークになりそう。

「秘密の入り口」にアクセスする 〜香りとアートのコラボ☆ワーク〜
http://www12.plala.or.jp/anela/wakuwaku-group-work.htm


あーねらのHP→ http://www12.plala.or.jp/anela/
なまけもの読書会のメルマガ 第156.号から転載

 

コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?