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「なまけもののさとり方」より Index

(173)摩擦や抵抗
Posted by ぶち at 2008年06月09日

山川ご夫妻が主催されているスピリット・ダンスの会が終わった後、
時間のある人たちで、よくご飯を食べに行きます。

ご飯を食べながら、「なまけもの読書会」のように
気ままにあれこれと気ままにみんなで話をしているのですが、
先日は珍しく大盛り上がりで議論が弾みました♪


議題は「結婚と自由」♪

初めてダンスへ来られたAさん曰く、
「結婚すると自由がなくなるので、私は自由をとってます。
 それに結婚って大変でしょ。」


ぶち曰く
「結婚すると確かに自由な時間は少なくなるけど、
 その分、『自由だ〜!』と自由を実感できるようなれるかな。」


ある方曰く
「大変かどうかは体験してみないとわからないことだし、
 1人の時よりも2人の時の方が喜びも倍増しそうじゃない?」


また、結婚年数のベテランさん曰く、
「確かに子どもが手を離れるまでは大変だったけど、
 今じゃ、旦那も勝手にやってくれてるし、今とっても自由よ〜♪」


ま〜、この議題って決着がつくものではありませんし、
それぞれが思われていることをシェアして、
「お〜、そういう意見もあるんだ♪」と
それぞれの違いを楽しめればいいのでしょう☆


何でこんな白熱した面白い議論になったのかと後で考えると、
これはひとえにAさんのおかげだったと思います。

Aさんは「これはこう。」という自分の意見をはっきり言える人で、
「大変なんだから、結婚したいなんて考えないほうがいいよ♪」と
隣に座っている結婚計画推進派の方にすすめていました。


ひとりひとり、それぞれの世界観を持っていますので、
単にお互いを尊重しているだけだと、
そこに摩擦(議論)はおこらないでしょう。

でも、尊重しつつも少し相手の世界観に足を踏み入れると、
そこに摩擦や抵抗が生まれて、

「○○さん、実はそんな人生を歩まれてたんですね♪」とか

「それでも、やっぱり結婚したい!!」など


お互いの深いところまで知ることができたり、
「実は自分でそんなことを思っていたんだ♪」
という自己理解も深められたり、
思った以上に面白いことが生まれることもあるんですね〜。


まぁ、飛行機が飛ぶのも電車が走るのも、
摩擦や抵抗があってこそですし、
たま〜に周りの人や自分に抵抗してみると
何か面白いことが起きたりするかもしれません☆


*ちょうどその日、ダンスのシェアの時間に紘矢さんが、
 「抵抗しないことが悟りにつながるのかもしれませんね♪」と
 仰られてましたが、
 まだまだ僕は悟りたくないようであります♪


全文を読む "(173)摩擦や抵抗"
(172)インナーチャイルド
Posted by ぶち at 2008年05月29日

数年前に山川ご夫妻のセミナーへ行った時のことです。

最初に紘矢さんが
「今日はインナーチャイルドについてワークしましょう♪」と
言われた時に

「あ〜、インナーチャイルドか〜!」と僕は
重い気持ちになりました。

僕的には、インナーチャイルドについては、
もういくつもワークをやってきたし、
暗い気持ちになるのは嫌だな〜というのが正直な気持ちでした。


*このセミナーで何が行われたのかは、
 残念ながら忘れてしまいましたが、
 やっぱりステキなセミナーでいろいろ得ることがあったのは、
 記憶してます☆


さて、インナーチャイルド(内なる自分)を癒すことに
最近、再び目を向けはじめています。


というのも、
インナーチャイルドは、

何かワークをして自分のインナーチャイルドと
コミュニケーションを取り、
彼のその当時の感情を解放させてあげれば
それでおしまいというわけではなく、

一生、大人である自分とコミュニケーションを
取っていくことがどうやら必要みたいで、
僕の場合は、どこかでそのことを忘れていた気がしたからです。

*たま〜にまじめです☆


つまり、イメージワークでようやく出会えた傷ついたインナーチャイルドと
コミュニケーションをとり、

*すべてのインナーチャイルドが傷ついているわけではありません。
 でも、子ども時代に大人から受けた心の傷、エネルギー的うっぷんは
 身体や心のどこかに残っていることがよくあります。
 その傷を拭い去る時の1つの見方としてインナーチャイルドという
 感じ方がありますし、ホーリーチャイルド(インナーチャイルドの
 ハイヤーセルフ的存在)も常に自分と一緒にいてくれると
 僕は思ってます。


「もう、君を一人にさせないよ。一緒に生きていこう♪」と
言っておきながら、
そのあと、彼とあまり仲良くしてこなかった気がしてます。


そうすると彼はどうするか?

「いつも一緒にいてくれるって約束したのに、忙しいから、
 彼女や子どもができたからって、僕を見てくれないの!
 もう帰る!!」

とふくれっ面になって、元々いた辛い過去に
戻ってしまう他に彼には術がないかもしれません。


もしくはけんか、特に夫婦喧嘩の時に、
お互いのインナーチャイルドがここぞとばかりにしゃしゃり出て、
騒々しくあれこれとたまっていたうっぷんが爆発するかもしれません。

*そう言えば、子どもを育てるというのも、
 自分のインナーチャイルドを癒すとても効果的な方法ですね♪


最近、風邪をひいて、
もっと自分を愛することや、もっと気ままになる必要があるかも♪
という思いが出てきました。

これももしかしたらインナーチャイルドのささやきかもしれませんので、
しばらく、彼と仲直りをする時間を作っていきたいな〜と
思ってます☆


*こう書くだけで彼も喜んでくれているみたいです♪


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(171)身体のお手入れ、こころのお手入れ
Posted by ぶち at 2008年05月16日

先週、久々に風邪を引いて、
よい機会だとその後数日、
日記など自粛しておりました☆


風邪の期間はまる1日♪
残念ながら39度台までしか熱が出ませんでしたが、

熱をできるだけ出させるようにしたところ、
まる1日で36度台まで戻ってしまうのが
身体の面白いところですね〜☆

光希の風邪をもらったみたいで、
ここ数日は家族で
ネイチャーエッセンスのRQ7とK9のサポートをもらい、
さらにレイキやプハンを連日に渡って行っていました。


さて、今回の風邪の原因の1つは季節の移り変わりですが、
もう1つはためこみだったみたいです。

お店をはじめてから4年目。

やはり自分の身体のお手入れをきちんとすることが、
大切だな〜と感じております。

もちろん、全く怠っていたわけではありませんが、

性格的に自分より人の笑顔を見たいと
思っちゃうタイプみたいで、

知らず知らず、自分が消耗していたみたいです。


*ゆきさんからも暖かい忠告をいただきました♪


他の方の笑顔を見たいなら、
自分自身がゆったりと笑顔でいられる環境を
常に作っておくことって大切だな〜と感じる1週間でした。


ぶち&ゆきの大好きなあるチャネラーさんは、忙しい中、
毎週、自分のための時間、
奥さんがフリーになるために子どもを見る時間、
そして家族の時間を
きちんととり、
なおかつジムなどで身体を動かす時間もとられているとのこと☆


今日は僕も温泉に行って、ほっこりしてきましたが、
やっぱり身体のお手入れ、こころのお手入れって、
大切ですね〜♪

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(170)意地の悪いジャッジ・マン
Posted by ぶち at 2008年04月20日

幼いころに植えつけられた劣等感は、
前回お話しましたように、

内向すると、周りと比べて自分は低い位置にあるという思いから
落ち込みや悲しみ、孤独感を引き起こしやすくなり、


外向すると、過度の頑張りや怒りに姿を変えやすくなり、


いわゆる、ワンネスの立場を取れなくなっていきます。


*優越感も同様です。


それらの感情は
あなた自身ではなく、あなたとは異質の
植えつけられたものあることをまずわかってください。

あなたに植えつけられた
親や先生たち大人の思いが、
あなたの心の中に住み込んでいるだけです。

長らくあなたの心に住み込んでいるから、
それをあなたはあなた自身だと感じてしまうかもしれませんが、
意地の悪いジャッジ・マンが
あなたの心に居候をしているだけであります。


例えば、あなたが本当に好きなことをしようとした時に、
急に寂しさや恐怖が出てきたとするなら、

あなたの中にいるジャッジ・マンが、
こうささやいているのかもしれません。

「まず、自分よりもまわりのことを優先させなさい。
 そうしないと誰もあなたのことを見てくれなくなるよ。」 


あなたがやってみたい分野のことを
他の人が輝きを持ってやっているのを見て、
悲しみやジェラシーが出てきたとするなら、

ジャッジ・マンがこうささやいているのかもしれません。

「どうせ、お前には頑張ったって無理なことなんだよ。
 背伸びしないで地道に生きていきなさい。」


あなたには自由、気ままに楽しく生きていく権利があります。

それを制限している(無実の罪なのに、あなたを罪意識に追い立てている)
心の中のジャッジ・マンをそろそろ追い出してみませんか♪


全文を読む "(170)意地の悪いジャッジ・マン"
(169)劣等感
Posted by ぶち at 2008年04月20日

かつて、斉藤一人さんからお聴きした話で
全くその通りだな〜と思い、
カウンセリングの時やセミナーで必要な時にご紹介しているものがあります。

それは劣等感について。

*裏を返せば優越感とも言えますね〜。


この劣等感はいい方向に作用することもありますが、

*劣等感から生まれたパワーが何かを生み出し、
 その人を成長させるという意味で♪
 ただし、成長する過程で劣等感はなくなっていきます。


多くの場合、劣等感は
あまりうれしくない感情を生み出していきます。


例えば、自分は取るに足らない人間だから頑張らないといけないという不安。

失敗してはいけない!という緊張感。

やっぱり自分はだめなんだ!という落ち込み。

自分の意見を通したいという思いや、

自分を大きく見せたいという思いから出てくる怒り。

他の人と比べて自分は劣っているという劣等感は
あなたが生まれた時からすでにあなたに備わっていたわけではありません。


*当然、他の人や平均値と比べるという考え自体、
本来あなたは持っていなかったわけです。


もともと劣等感は親や先生たちが、

あなたのためを思って(残念ながら間違った方法論で!)

あなたにおくったアドバイスから生まれたものがほとんどです。

「早くしないと遅刻しちゃうよ!」

「お兄ちゃんは出来たのにね〜。」

「Aちゃんはもうできるのに。」

「平均以下じゃないか!」

「だから、だめなんだ!」

「もっとみんなのことを考えなきゃ。」

そんなことを言われる度に、
あなたの心はしぼんでいきました。
段々劣等感が心に入り込んできました。


残念ながら完璧な親も先生もいません。

更に残念なことに、幼い頃のあなたは
その親や先生を完璧な存在と信じていたわけで、

その親や先生の言うことができなかったり、
怒られたりすると、自分を責めるしかありませんでした。


例えば、赤ちゃんは何度も何度も転びながら、段々に自分のペースで
歩けるようになります。

自転車をこげるようになったときもそうですね☆


失敗を繰り返すことで、コツを覚えできるようになることって
本当に多いのです。

その失敗を完璧と信じている親や先生から叱られたりすると
子どもは自分のペースで成長することが辛くなってきます。

さらに言うなら、そういう親や先生もあなたと同じことを
親や先生から言われてきた被害者だったりします。


*だから、もうここで連鎖を断ち切りましょう♪


あなたが植え付けられた劣等感は

純真無垢だったあなたに対して、

やはり自分の親や先生たちから学ばざるを得なかった

あなたの親や先生たちが、

あなたを競争原理の社会の中で生きていくために

親心で行ってしまったことからはじまっているわけであります。


その結果、あなたは無実の罪を

これまで長い間、背負ってきたんですね。

                           (続く)


全文を読む "(169)劣等感"
(168)身体に立ち戻る
Posted by ぶち at 2008年03月16日

ソプラノの歌手の方は
ふくよかな身体をお持ちの方が多いです。

きっと澄み切った高い声を出すのには
できるだけその土台がしっかりしていた方がいいんだろうな〜と
素人ながらに思っています。

チャクラの対応でも第7チャクラとペアになっているのが
第1チャクラですので、これもまた同じような理由なのかもしれません。


最近、自分のこころを大切にする方が
増えてきました。

それためか、自分探しをしたり、
自分を見つめていこうとする方々が
「あーねら」にも多くいらっしゃっております。


ここのところ、ついつい頭で考えすぎる方や
出てくる感情に入り込みやすいとお悩みの方が多くいらっしゃっていて、
そんな方によくお話していることが以下のようなことです。

1つが「今、ここにいる」ということについて。

「今、ここにいる」ことの大切さは
瞑想などでもよく言われています。

でも「今」を実感することはとても難しいことです。
ついつい頭は過去や未来に想いをはせますが、
過去はもはやないものですし、
未来もまだ存在していないものです。

*得てして過去というのも自分にとって好ましくない過去ですし、
 未来も不安、心配という頭で創りあげた未来だったりします。

では「今」は存在するのかというと、
「今」を今、意識しようとしてもすぐに過去になったり、
先取りしようとすると、それは未来だったり、
「刹那」といえるほど、あったのかどうかわからないほどの、
とても心もとない瞬間が「今」なのかもしれません。

だから「今」ってせつない時間なのかも♪

*さらに見つめていくと「今」=「無限」となっていくですが・・・

ただ必ず「今」とあなたを繋ぎとめているものがあります。

それがあなたの身体であるということ。

頭(=マインド)は過去や未来に気をとられやいようです。
そんな時こそ、「今」に確実に存在する身体に
立ち戻ることって大切なことでしょう。

もう1つが船とアンカー(錨)のこと。

ある方が
「だいぶ自分の中が落ち着いて、感情に支配されないようになった、
と思っていたのですが、先日また怒りや憤りといった感情が出てきて・・・」

と困った様子でした。

そして、
「自分を高めていくと、もうそんなネガティブな感情が出てこなくなるのでしょうか?
それとも、ネガティブな感情が出てもそれにこだわらなくなるのでしょうか?」
とのご質問でした。


どちらもあり♪でしょうが、
より後者のネガティブな感情が出ても
それにこだわらない自分になるのではないかと思います。

悟りきったなら、
もしかしたら生きている意味もなくなるかもしれませんし、
いろいろ感情が出てこそ楽しかったりしますし。

ただ、それまで自分の感情にのまれてしまい、
人生を辛く感じられていた方でしたので、
また同じことが起きるのでは?と心配だったのでしょう。

その時にアドバイスしたことが
やはり身体に意識を向けること、身体を感じること、
身体を動かすことでした。


身体は自分という魂が形となって現れたものです。
魂という言葉が少し?でしたら、
無意識という言葉に置き換えてもいいでしょう。

はずかしいな〜と思ったら、顔が赤くなります。
イライラしてきたら、貧乏ゆすりをしたり、
不満に思ったら、ほっぺがふくれたりします。
もしある方から「つまらないものですが・・・」とメロンパンを出されたら、
「いえ、いえ、結構です」と言いながらも、手はメロンパンに伸びていたり・・・

船に例えると、
海に浮かんでいる船は頭(=マインド)といえます。
船はいろんな波にもまれてあちこちに揺れてしまいます。
海の上に浮かんでいるならば揺れて当然ですね。

そして、船のアンカーを身体(=無意識)と例えるならば、
いかにアンカーをしっかり船に結びつけておくかが大切なこととなります。

アンカーをしっかりつけておけば、
大きな波が来て船が右往左往しても、必ずもとの場所(=自分自身)に
戻ることが出来ます。

生きている以上、周りの環境の影響を
良い悪いに関わらず必ず私たちは受け、
様々な感情もそこから出てきます。

その影響を受けながらも自分に中心を保つには、
身体(=無意識)に絶えず立ち戻ることが、
やはり大切なことだな〜と思います☆

どちらにしても何かあったら
今とつながっていて、しかも無意識とイコールのような存在である
身体に立ち戻ることって、
こころを気ままに解放するためにも
必要なことだと実感しております。


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(167)お互いを認めあいながら・・・
Posted by ぶち at 2008年03月04日

朝、「あーねら」から家に戻ると
ゆきさんが僕の部屋のいくつもある
書棚の整理をしてくれていました。


ゆきさんはとにかくシンプルな生活を好み、
必要の無いものは他の人にあげるか、捨てるかして、
心も身体もそしてお部屋もクリアにしていくタイプ♪

僕はどちらかと言うと、“この世界に不必要なものはない派”で
あまりものを捨てないんですね〜。

ですので、ものを捨てるかどうかというかと
いうのがぶち家の焦点になることが
たま〜にあります。


自分の生活に不必要なものを一通りクリアにすると
どうしても僕の部屋が気になるようで、
「これ捨てていい?」と僕にたずねては、
もう必要がないであろうと判断した服やら何やら
これまでも捨ててくれました。


*ある時、親戚の結婚式間近になり、
 着ていくYシャツを探したらすべて捨てられていたのは
 びっくりでしたが・・・

何を捨ててもいいけど、
本の類だけは捨てないでとお願いしてきましたが、
ゆきさん的にそろそろ僕の本棚の整理を
したくなってきたようで、
今日は「これはもうどう考えても必要のない本だけ出しておいたから♪」
とのこと。

ゆきさんとしては、「もう必要のないもの以外は捨てて」という
言葉が出かかっている様子で、
こちらとしても、少し譲歩しないと収まらないようであります。


シンプルに生活していくことも、
全て大切なものとモノをとっておくことも、
どちらが正しいというものでもなく、
良い所取りして、バランスをとっていくことが大切なんでしょうね。


同じ屋根の下でも、
様々な主義主張が渦巻き、
その上で自分のペースで気ままな生活を
お互い認め合いながらしていくことって、
やっぱり世界平和の第一歩だと思います☆


このコラムを書いていると、
ゆきさんが掃除を始めました。

その横で光希は掃除機の音がうるさいから掃除しないで、
遊んで〜と主張しております。

*その脇で僕がひっそりコラムを書いているわけですが・・・

きっと数年経ったら、懐かしい家族の風景になるんでしょうね〜☆


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(166)日常をスピリチュアルに♪
Posted by ぶち at 2008年02月26日

子どもの頃は
遠足の前の晩興奮して眠れなかった方です。
大人になっても旅行やイベントの前の日は
ワクワクして、やっぱり寝付けない方でありました。
お祭り好きというかイベントが大好きなんですね〜☆

前の仕事の就くようになってからは、
長い休みになると長野県の穂高養生園に
長く泊まるようになり、
普段味わえないような気ままな非日常を
楽しみようになりました。

養生園では朝、ヨガやけっこうきつい散歩を
希望者で行います。

普段の生活だったら、
とにかくギリギリまで寝てよう!という僕も、
養生園では早起きをして、すました顔で
広場でストレッチなどして身体を整えていました。

食事も生活態度もほぼ健全で
普段ではあり得ない晴れ晴れしたヘルシーライフを
養生園では楽しんでました♪


ところが一旦下界に戻ると、
段々だれてきます。
次第に夜は遅く、朝はギリギリまで寝てるという
普段の生活に戻ってしまうわけです。

そんなことを何度も繰り返している時に、
ふっとこのままではいけないんじゃないか?と思うようになりました。

あまりに養生園と普段の暮らし振りにギャップを感じた僕は、
少しずつですが養生園的生活を日常の暮らしにも
持ち込むようにしました。


今思うと、その頃からレイキなど
ヒーリングを学び始めた時期ですし、
今の暮らしの土台が築かれた時期でもあります。

僕もゆきさんも「日常をスピリチュアルに♪」を
モットー(笑)としています。
これも非日常の旅行やお祭りなどのイベントの時にだけ
盛り上がるのではなくて、
日々の暮らしをワクワクしながら楽しんでいくための
工夫と呼べるのかもしれませんね〜。

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(165)死を見つめること
Posted by ぶち at 2008年02月12日

どの方にも主義や主張があります。
僕は前世や来世があるという考えを大切にしてますが、

*その方が僕の場合、今を気ままに生きられますので♪

この人生しかないですよ〜、
だから今を大切に♪という考え方をお持ちの方もいるでしょうし、

まあ、いずれにせよ自分が死んでみないとわからないことですので、
その時をある意味、楽しみにしております☆


さて、さて私たちにとっての最大のイベントは
生まれることと死ぬことではないでしょうか。


誕生が祝福とともに訪れるならば、
死もやはり祝福とともに訪れるんじゃないかな〜と思っております。


もちろん、今でさえ
悲しすぎると感じる死を迎える方は多いです。

ただし、傍からはそう思っても
実際のところはどうなのかは
本人の魂に尋ねてみないとわからないことでしょう。


日本では死を学ぶ機会というのは、
幸か不幸か少なくても公教育ではありません。

僕自身、死を意識したのは小学2年生のとある夜。
布団の中で、ふっと
「あっ、僕もいつか死ぬんだ!」と気づいた時は
怖くて悲しくてがたがた震えたことを覚えています。

公的にも学ぶ機会のない死は、
あまり話さない方がよい、慎むべきデリケートなこと。
と感じる方が多いのかもしれません。

ただその分だけ、死に対しての想いが稚拙な感じがするのは、
自殺率の高さからもうかがえるのかもしれません。

「よく死ぬことはよく生きること」という言葉がありますが、
死を見つめることで、生き方も変わってくるのではないでしょうか。


もしも、前世や来世があるという考えに立つなら、
どこで生まれるかを
自分が、もしくは自分と神様(やソウル・グループ)とで相談して
決めてきたということならば、
どこでこの人生を終えるかも事前ミーティングがあったはずです。

生も主体的に自分でベストの選択をしたものだし、
死も同じように主体的に自分がベストの選択をするような気がします。


そして死はまわりに対しての
最後のメッセージでもあります。

「それにしてもあのじいさん、最後まで気ままで楽しそうな人生だったな〜」と
思われる生き方を最後までしたいな〜と思っております♪


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(164)「ライフ イズ ビューティフル」
Posted by ぶち at 2008年02月05日

この間、「思い出に残る映画ランキングベスト30♪」みたいな感じの
映画の特集をテレビでのほほんと観てました。


その中で上位にあったのが「ライフ イズ ビューティフル」という映画。

この映画は第2次大戦中、ドイツの捕虜収容所に入れられた親子の話で、
見つかったら、すぐに処刑されてしまうであろう幼い息子を
かばうために、お父さんは息子に
ゲームが終わるまで見つからなかったら、戦車をあげよう♪ともちかけ、
壮大なかくれんぼゲームを演出して、子どもを収容所でかくまうという内容です。

この映画を観たのは、僕がまだ独身の頃。
その時いい映画だな〜と思いましたが、思い出に残る!といった
感じではありませんでした。

ところが、その番組でのわずか1分足らずの内容の紹介だけで
うるうるしてきちゃいました(笑)


今、3歳の息子を持つ身として
うるうるしてしまうでしょう。

どんなに辛い状況だったとしても、
子どもには辛い思いは味合わせたくないな〜と思いますものね。


そういえば、最近はドラマでも何でも、親子が別れるという内容のものを
目にするとそれだけで、胸がきゅんとなります
子どもを持つことで、僕の中のそれまでとは違う視野で
ものごとを観るようになったのでしょうね〜♪


私たちは月日と共に
良い悪いは別として、様々な経験をしていきます。

そして、もしその体験を感謝で受け止めることができるならば、
おそらく自分の視野って1つ広がるんじゃないかな〜と思います。

僕にとって、子どもが生まれたこと、
そして、子どもとともに育っていくとは、
感謝以外の何ものでもありません☆


また、これから
例えば大きな事故に遭って、身体に大きな障害が残ることもあるでしょう。
命にかかわるような病気になることだって、
これからあるかもしれません。

そんな時に
「ライフ イズ ビューティフル」のお父さんのように
その辛い状況を違う角度から見直して、
どう楽しんでいくか♪って、
とっても大切なことだな〜と思います。

何しろ本当に「ライフ イズ ビューティフル」なのですから☆


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(163)「マズローの欲求段階説」
Posted by ぶち at 2008年01月17日

人間には様々な欲求があります。

それを段階別に整理したものが、
「マズローの欲求段階説」です。

1、生理的欲求
2、安心・安全の欲求
3、親和の欲求
4、自我の欲求
5、自己現実の欲求

*何だか眠くなりそうですね〜♪

原始人の山田君で例えるなら、

飢えることなく日々過ごすことが
まず生きていくためには必要なことになってきます。
そこで海の幸、山の幸一杯の豊かな土地に
移り住むことにしました。

(これが1の段階ですね〜)

ただし食べ物が豊富にあるということは、
危険な猛獣もいたりしますので、
山田君は山の中腹の洞穴に居を構え、
入り口も厳重な扉を作って、
洞穴に猛獣がやって来ないようにしました。

(これが2の段階です)

食や住まいも確保できた独り者の山田君は、
一人でいることが寂しいな〜と段々感じるようになり、
近くに住んでいる人たちと仲良くなり、
もう少し広い場所で、その人たちとムラを作りました。
その中にはあこがれの斎藤さんもいます♪

(3の段階♪)

あこがれの斎藤さんに良いところを見せたい山田君は、
ムラのために井戸を作ったりしていくうちに、
ムラのリーダーになりました。
そして、ついに斎藤さんと結婚します♪

(4ですね〜☆)

やがて子ども生まれ、リーダーとしても活躍した山田君ですが、
村祭りの出し物である、「村内勝ち抜き相撲大会」で
はじめて優勝を逃したことをきっかけに、
リーダーの座を若くて有能な星野君に渡し、
その後は孫の面倒を見ながら、ムラの発展のサポートを
亡くなるまでしていきました♪

(5!)


1の欲求を叶えられて、次の2の欲求に
2が叶えられて3へと進んでいくのが、
原則と言われています。

*自分の夢をかなえるために、
 安定した仕事を辞めるということも時としてありますから、
 原則通りではないこともあるでしょうね。


そう思うと、人間が様々な欲求を持ち、
それに向かって進んでいくことも自然なことなのかもしれません。


でも、そこには
「足るを知る」気持ちがないと、
結構、自分が苦しくなります。

(地球も苦しくなります)

特に現在、情報があまりにも豊かに入ってくる世の中では、
「足るを知る」気持ち以上に、
「もっと豊かになりませんか!」という
お誘いが後を絶ちません。

そんな中で情報に惑わされずに
自分の自然な欲求を叶えていくためには、
頭ではなく身体や心に常にフィードバックすることが大切だと思います。


先日、本屋さんで
「求めない」(加島祥造さん)という本をちょっと立ち読みしました☆

その中で「求めないと、人は自由になる」みたいな
文章を読んで「お〜!」と感動しました。

*求めないという気持ちを求めすぎるのもなんですが・・・


求めないって、今のまんまでOKということでしょう。
それを基盤にして、楽しみながら気ままに「いいな〜♪」と感じたことを
求めるようにしていきたいですね〜☆


全文を読む "(163)「マズローの欲求段階説」"
(162)うつの原因は・・・
Posted by ぶち at 2007年12月27日

ウツの個人的な原因は様々あることと思います。

その様々な原因を大きく観てみると、慢性疲労との関係は、
今の社会においては見過ごすことができないものです。

交感神経が慢性的に過敏になることによって、
(いわゆる慢性疲労の状態ですね)
身体の生理的なバランスが崩れ、
心のバランスも揺らいでいく例を、
ある方は原始人とクマの関係で説明されています。

例えば、ある原始人A君の住んでいる洞穴の近くに
最近、多くのクマが出てきて、
彼のお友達の多くがクマに襲われ、
命を落としているとします。

*たとえ話なだけで本来クマは
 愛情深くやさしい動物ですよ〜☆


いつ襲われるかと思うと、
いつも不安で、神経も高ぶってきます。
夜もよく眠れなかったり、浅い眠りになったりします。
また、食事もゆったり取れなかったり、食欲不振になったりします。

*いわゆる交感神経が常時高ぶっている状態ですね。

でも、そんな状態もクマがいなくなれば、
A君はほっと息をついて、元通りのA君に戻ることができます。

私たち現代人も生理的には、
原始人とそれほど変わりはありませんが、
今の社会は原始時代と比べると、
とても忙しい生活になっていることは大きな違いです。

会社でのハードワーク、忙しい子育て、
遊びでもパソコンにゲームにテレビに・・・。

どれも交感神経を刺激するものばかりで、
副交感神経を働かせる食事や睡眠をおろそかにしている状態。
それが長らく続いていくと、

不眠や食欲不振、
ちょっとしたことで神経が過敏になったり・・・
という、原始人A君がクマに不安を感じている状態と
とてもよく似ています。

少し違うのは、実際にクマがいないことです。

ですので、現代人の私たちには
何が原因なのかわからなかったり、
原因がわかっても、それを頑張ることで克服しようとする人が
多いのではないでしょうか。

この状態が続くと元気のない自分に苛立ちを感じ、
段々、自分を責める(もしくは特定の誰かを責める)ように
なりがちです。

(不眠や食欲不振、神経過敏などが第1段階とすると、
自己不信、自己嫌悪は第2段階といえるでしょう。)
 
この段階になると、
自分の中に相反する自分が出てきます。

それはゆったり休まなくちゃと思う自分と、
そんなに休んで申し訳ない、できれば働かなくちゃと思う自分。

ですので、自分では休んでいるつもりでも、
あれこれと焦りを感じているので、
なかなか副交感神経がゆったりとできないという矛盾が
出てきやすくなります。

特に女性は心と身体の連携が、男性以上にダイレクトですので、
そのような状況に知らず知らず陥っているケースが、
多々あるように思います。


私はうつと診断された方とお会いした時には、
心の中で、または実際に口に出して、
「ウツになられて、よかったですね♪」とつぶやきます。

「もうこれ以上今までの生活をしていくと大変なことになりますよ♪
もっと自分のペースで生きていきませんか♪」

という心や身体からの強いメッセージが、
ウツという状態なのですから、
そのメッセージをきちんと受けとめられたステキな人生の転換期
だと思いませんか☆


どのようにケアをしていくのかは人それぞれでしょうが、
まずはゆったりと休んで、心と身体をほぐすこと
(=副交感神経が優位になることを気ままに行ってみること)
でしょう。

単純に気持ちの問題と捉えてしまいがちですが、
元は頑張りすぎでの慢性疲労から来ているものであれば、
身体をほぐしてあげることで、必ず心もほぐれていきます。

そして、心がほぐれていく中で、
どうして慢性疲労になったのだろうという、
もともとの原因を探し、
では自分にやさしい生き方って何?と考えて
自分のペースで気ままに実践していくことが
とても大切なのではないでしょうか。

*日記に書かれている原始人とクマのお話は
下園壮太さんという方の「『プチうつ』気分にさよならする本」
(PHP研究所)、「うつからの脱出」(日本評論社)からの
引用ですので、気になられた方はぜひ、お読みになってみてください☆


全文を読む "(162)うつの原因は・・・"
(161)山道を歩く旅人
Posted by ぶち at 2007年12月10日

人生にはとりあえずの目安がありますから、
とりあえずそこまで行ってみようという気になります。

とりあえずあの学校に入れるようにしたい♪とか、
あの仕事に就きたいとか、あの人と結婚したい!などなど。

そして、その目安までたどり着くと


*まぁ、たどり着けない時も往々にしてありますが、
 必ず次の目安が出てくるところが、
 人生の面白いところですね☆


多くの人はほっと安心して、
そこでゆっくりくつろごうかな〜という気になります。


*くつろぐのはいいのですが、
 その目安によりかかろうとすると、
 逆にその目安が自分に重くのしかかってきたりします。


しかし、ほっとしたのもつかの間で、
その人にとって必要な学びが、
そこで待っていることがよくあります。


*もちろん、その学びも自分で決めたことですから、
 無理な学びはありませんし、
 次に持ち越すこともできるのですが。


そう思うと私たちは、
頂上が雲に隠れて見えない山道を歩く旅人
のようなものなのかもしれません。

途中で走ることも、のんびり休むことも可能ですが、
大体は自分のペースで歩く方がいいでしょう。

何だか同じ道を行ったり来たりしているように思えても、
実は着実に登っていたことが、
後になってわかるでしょうし、

段々坂がきつくなっても、
それに見合う筋肉がついてきますし、
自分に合った歩き方が身についてきます。


*誰かと寄り添って歩くのも楽しいですが、
 誰かによりかかって歩くと、
 なかなか前に進めません。


何しろ頂上がどこにあるのかわからない道程だけに、
周りの風景を楽しみながら、自分のペースで
気ままに歩いていくのがいいのでしょうね〜。


ご存知のようにその山を登るための
登山計画をあなたはすでにしっかりと立ててますので、
途中で遭難する恐れは100%ありませんので、
安心して登ってくださいね〜☆

全文を読む "(161)山道を歩く旅人"
(160)心の窓
Posted by ぶち at 2007年12月01日

自分の人生という
大掛かりな劇には様々な方が
愛を分かち合うというステキな報酬を
お互いにあげっこしながら出演してくれています。

その章が終わると風のように
立ち去っていく出演者もいれば、
長く最終章までお付き合いしていただける方、
はたまた一人寂しく歩くクリスマスの華やかな街で
わきあいあいと肩を寄り添い、
主人公である私に「いいな〜・・・」と嘆かせるカップルの役として
一瞬だけですが非常に大きな影響(笑)を与える出演者もいるわけであります。

自分の波動が変わると
付き合う人も変わってくるようですが、
きっと昔からのお約束で
必要な時に必要な人が現れてきて、
そしてお役目が終わるとそれぞれが別のお役目に向かっていくのでしょうね。

その時に心に浮かぶ、寂しさや執着といったものも
その主人公が学ぶ必要があることで、
すべてに「ありがとう」だな〜と思います。


さてさて、会って楽しい人もいれば、
会いたくもないと思っているのに、
職場などで会わざるをえない人もいます。

*引き寄せの法側なのでしょうね♪

敵役、味方役、様々入り交えて
主人公は愛を学んでいくのですが、
それを違う言葉でたとえるならば、

脇役の皆さんは、