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「なまけもののさとり方」より Index

(173)摩擦や抵抗
Posted by ぶち at 2008年06月09日

山川ご夫妻が主催されているスピリット・ダンスの会が終わった後、
時間のある人たちで、よくご飯を食べに行きます。

ご飯を食べながら、「なまけもの読書会」のように
気ままにあれこれと気ままにみんなで話をしているのですが、
先日は珍しく大盛り上がりで議論が弾みました♪


議題は「結婚と自由」♪

初めてダンスへ来られたAさん曰く、
「結婚すると自由がなくなるので、私は自由をとってます。
 それに結婚って大変でしょ。」


ぶち曰く
「結婚すると確かに自由な時間は少なくなるけど、
 その分、『自由だ〜!』と自由を実感できるようなれるかな。」


ある方曰く
「大変かどうかは体験してみないとわからないことだし、
 1人の時よりも2人の時の方が喜びも倍増しそうじゃない?」


また、結婚年数のベテランさん曰く、
「確かに子どもが手を離れるまでは大変だったけど、
 今じゃ、旦那も勝手にやってくれてるし、今とっても自由よ〜♪」


ま〜、この議題って決着がつくものではありませんし、
それぞれが思われていることをシェアして、
「お〜、そういう意見もあるんだ♪」と
それぞれの違いを楽しめればいいのでしょう☆


何でこんな白熱した面白い議論になったのかと後で考えると、
これはひとえにAさんのおかげだったと思います。

Aさんは「これはこう。」という自分の意見をはっきり言える人で、
「大変なんだから、結婚したいなんて考えないほうがいいよ♪」と
隣に座っている結婚計画推進派の方にすすめていました。


ひとりひとり、それぞれの世界観を持っていますので、
単にお互いを尊重しているだけだと、
そこに摩擦(議論)はおこらないでしょう。

でも、尊重しつつも少し相手の世界観に足を踏み入れると、
そこに摩擦や抵抗が生まれて、

「○○さん、実はそんな人生を歩まれてたんですね♪」とか

「それでも、やっぱり結婚したい!!」など


お互いの深いところまで知ることができたり、
「実は自分でそんなことを思っていたんだ♪」
という自己理解も深められたり、
思った以上に面白いことが生まれることもあるんですね〜。


まぁ、飛行機が飛ぶのも電車が走るのも、
摩擦や抵抗があってこそですし、
たま〜に周りの人や自分に抵抗してみると
何か面白いことが起きたりするかもしれません☆


*ちょうどその日、ダンスのシェアの時間に紘矢さんが、
 「抵抗しないことが悟りにつながるのかもしれませんね♪」と
 仰られてましたが、
 まだまだ僕は悟りたくないようであります♪


全文を読む "(173)摩擦や抵抗"
(172)インナーチャイルド
Posted by ぶち at 2008年05月29日

数年前に山川ご夫妻のセミナーへ行った時のことです。

最初に紘矢さんが
「今日はインナーチャイルドについてワークしましょう♪」と
言われた時に

「あ〜、インナーチャイルドか〜!」と僕は
重い気持ちになりました。

僕的には、インナーチャイルドについては、
もういくつもワークをやってきたし、
暗い気持ちになるのは嫌だな〜というのが正直な気持ちでした。


*このセミナーで何が行われたのかは、
 残念ながら忘れてしまいましたが、
 やっぱりステキなセミナーでいろいろ得ることがあったのは、
 記憶してます☆


さて、インナーチャイルド(内なる自分)を癒すことに
最近、再び目を向けはじめています。


というのも、
インナーチャイルドは、

何かワークをして自分のインナーチャイルドと
コミュニケーションを取り、
彼のその当時の感情を解放させてあげれば
それでおしまいというわけではなく、

一生、大人である自分とコミュニケーションを
取っていくことがどうやら必要みたいで、
僕の場合は、どこかでそのことを忘れていた気がしたからです。

*たま〜にまじめです☆


つまり、イメージワークでようやく出会えた傷ついたインナーチャイルドと
コミュニケーションをとり、

*すべてのインナーチャイルドが傷ついているわけではありません。
 でも、子ども時代に大人から受けた心の傷、エネルギー的うっぷんは
 身体や心のどこかに残っていることがよくあります。
 その傷を拭い去る時の1つの見方としてインナーチャイルドという
 感じ方がありますし、ホーリーチャイルド(インナーチャイルドの
 ハイヤーセルフ的存在)も常に自分と一緒にいてくれると
 僕は思ってます。


「もう、君を一人にさせないよ。一緒に生きていこう♪」と
言っておきながら、
そのあと、彼とあまり仲良くしてこなかった気がしてます。


そうすると彼はどうするか?

「いつも一緒にいてくれるって約束したのに、忙しいから、
 彼女や子どもができたからって、僕を見てくれないの!
 もう帰る!!」

とふくれっ面になって、元々いた辛い過去に
戻ってしまう他に彼には術がないかもしれません。


もしくはけんか、特に夫婦喧嘩の時に、
お互いのインナーチャイルドがここぞとばかりにしゃしゃり出て、
騒々しくあれこれとたまっていたうっぷんが爆発するかもしれません。

*そう言えば、子どもを育てるというのも、
 自分のインナーチャイルドを癒すとても効果的な方法ですね♪


最近、風邪をひいて、
もっと自分を愛することや、もっと気ままになる必要があるかも♪
という思いが出てきました。

これももしかしたらインナーチャイルドのささやきかもしれませんので、
しばらく、彼と仲直りをする時間を作っていきたいな〜と
思ってます☆


*こう書くだけで彼も喜んでくれているみたいです♪


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(171)身体のお手入れ、こころのお手入れ
Posted by ぶち at 2008年05月16日

先週、久々に風邪を引いて、
よい機会だとその後数日、
日記など自粛しておりました☆


風邪の期間はまる1日♪
残念ながら39度台までしか熱が出ませんでしたが、

熱をできるだけ出させるようにしたところ、
まる1日で36度台まで戻ってしまうのが
身体の面白いところですね〜☆

光希の風邪をもらったみたいで、
ここ数日は家族で
ネイチャーエッセンスのRQ7とK9のサポートをもらい、
さらにレイキやプハンを連日に渡って行っていました。


さて、今回の風邪の原因の1つは季節の移り変わりですが、
もう1つはためこみだったみたいです。

お店をはじめてから4年目。

やはり自分の身体のお手入れをきちんとすることが、
大切だな〜と感じております。

もちろん、全く怠っていたわけではありませんが、

性格的に自分より人の笑顔を見たいと
思っちゃうタイプみたいで、

知らず知らず、自分が消耗していたみたいです。


*ゆきさんからも暖かい忠告をいただきました♪


他の方の笑顔を見たいなら、
自分自身がゆったりと笑顔でいられる環境を
常に作っておくことって大切だな〜と感じる1週間でした。


ぶち&ゆきの大好きなあるチャネラーさんは、忙しい中、
毎週、自分のための時間、
奥さんがフリーになるために子どもを見る時間、
そして家族の時間を
きちんととり、
なおかつジムなどで身体を動かす時間もとられているとのこと☆


今日は僕も温泉に行って、ほっこりしてきましたが、
やっぱり身体のお手入れ、こころのお手入れって、
大切ですね〜♪

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(170)意地の悪いジャッジ・マン
Posted by ぶち at 2008年04月20日

幼いころに植えつけられた劣等感は、
前回お話しましたように、

内向すると、周りと比べて自分は低い位置にあるという思いから
落ち込みや悲しみ、孤独感を引き起こしやすくなり、


外向すると、過度の頑張りや怒りに姿を変えやすくなり、


いわゆる、ワンネスの立場を取れなくなっていきます。


*優越感も同様です。


それらの感情は
あなた自身ではなく、あなたとは異質の
植えつけられたものあることをまずわかってください。

あなたに植えつけられた
親や先生たち大人の思いが、
あなたの心の中に住み込んでいるだけです。

長らくあなたの心に住み込んでいるから、
それをあなたはあなた自身だと感じてしまうかもしれませんが、
意地の悪いジャッジ・マンが
あなたの心に居候をしているだけであります。


例えば、あなたが本当に好きなことをしようとした時に、
急に寂しさや恐怖が出てきたとするなら、

あなたの中にいるジャッジ・マンが、
こうささやいているのかもしれません。

「まず、自分よりもまわりのことを優先させなさい。
 そうしないと誰もあなたのことを見てくれなくなるよ。」 


あなたがやってみたい分野のことを
他の人が輝きを持ってやっているのを見て、
悲しみやジェラシーが出てきたとするなら、

ジャッジ・マンがこうささやいているのかもしれません。

「どうせ、お前には頑張ったって無理なことなんだよ。
 背伸びしないで地道に生きていきなさい。」


あなたには自由、気ままに楽しく生きていく権利があります。

それを制限している(無実の罪なのに、あなたを罪意識に追い立てている)
心の中のジャッジ・マンをそろそろ追い出してみませんか♪


全文を読む "(170)意地の悪いジャッジ・マン"
(169)劣等感
Posted by ぶち at 2008年04月20日

かつて、斉藤一人さんからお聴きした話で
全くその通りだな〜と思い、
カウンセリングの時やセミナーで必要な時にご紹介しているものがあります。

それは劣等感について。

*裏を返せば優越感とも言えますね〜。


この劣等感はいい方向に作用することもありますが、

*劣等感から生まれたパワーが何かを生み出し、
 その人を成長させるという意味で♪
 ただし、成長する過程で劣等感はなくなっていきます。


多くの場合、劣等感は
あまりうれしくない感情を生み出していきます。


例えば、自分は取るに足らない人間だから頑張らないといけないという不安。

失敗してはいけない!という緊張感。

やっぱり自分はだめなんだ!という落ち込み。

自分の意見を通したいという思いや、

自分を大きく見せたいという思いから出てくる怒り。

他の人と比べて自分は劣っているという劣等感は
あなたが生まれた時からすでにあなたに備わっていたわけではありません。


*当然、他の人や平均値と比べるという考え自体、
本来あなたは持っていなかったわけです。


もともと劣等感は親や先生たちが、

あなたのためを思って(残念ながら間違った方法論で!)

あなたにおくったアドバイスから生まれたものがほとんどです。

「早くしないと遅刻しちゃうよ!」

「お兄ちゃんは出来たのにね〜。」

「Aちゃんはもうできるのに。」

「平均以下じゃないか!」

「だから、だめなんだ!」

「もっとみんなのことを考えなきゃ。」

そんなことを言われる度に、
あなたの心はしぼんでいきました。
段々劣等感が心に入り込んできました。


残念ながら完璧な親も先生もいません。

更に残念なことに、幼い頃のあなたは
その親や先生を完璧な存在と信じていたわけで、

その親や先生の言うことができなかったり、
怒られたりすると、自分を責めるしかありませんでした。


例えば、赤ちゃんは何度も何度も転びながら、段々に自分のペースで
歩けるようになります。

自転車をこげるようになったときもそうですね☆


失敗を繰り返すことで、コツを覚えできるようになることって
本当に多いのです。

その失敗を完璧と信じている親や先生から叱られたりすると
子どもは自分のペースで成長することが辛くなってきます。

さらに言うなら、そういう親や先生もあなたと同じことを
親や先生から言われてきた被害者だったりします。


*だから、もうここで連鎖を断ち切りましょう♪


あなたが植え付けられた劣等感は

純真無垢だったあなたに対して、

やはり自分の親や先生たちから学ばざるを得なかった

あなたの親や先生たちが、

あなたを競争原理の社会の中で生きていくために

親心で行ってしまったことからはじまっているわけであります。


その結果、あなたは無実の罪を

これまで長い間、背負ってきたんですね。

                           (続く)


全文を読む "(169)劣等感"
(168)身体に立ち戻る
Posted by ぶち at 2008年03月16日

ソプラノの歌手の方は
ふくよかな身体をお持ちの方が多いです。

きっと澄み切った高い声を出すのには
できるだけその土台がしっかりしていた方がいいんだろうな〜と
素人ながらに思っています。

チャクラの対応でも第7チャクラとペアになっているのが
第1チャクラですので、これもまた同じような理由なのかもしれません。


最近、自分のこころを大切にする方が
増えてきました。

それためか、自分探しをしたり、
自分を見つめていこうとする方々が
「あーねら」にも多くいらっしゃっております。


ここのところ、ついつい頭で考えすぎる方や
出てくる感情に入り込みやすいとお悩みの方が多くいらっしゃっていて、
そんな方によくお話していることが以下のようなことです。

1つが「今、ここにいる」ということについて。

「今、ここにいる」ことの大切さは
瞑想などでもよく言われています。

でも「今」を実感することはとても難しいことです。
ついつい頭は過去や未来に想いをはせますが、
過去はもはやないものですし、
未来もまだ存在していないものです。

*得てして過去というのも自分にとって好ましくない過去ですし、
 未来も不安、心配という頭で創りあげた未来だったりします。

では「今」は存在するのかというと、
「今」を今、意識しようとしてもすぐに過去になったり、
先取りしようとすると、それは未来だったり、
「刹那」といえるほど、あったのかどうかわからないほどの、
とても心もとない瞬間が「今」なのかもしれません。

だから「今」ってせつない時間なのかも♪

*さらに見つめていくと「今」=「無限」となっていくですが・・・

ただ必ず「今」とあなたを繋ぎとめているものがあります。

それがあなたの身体であるということ。

頭(=マインド)は過去や未来に気をとられやいようです。
そんな時こそ、「今」に確実に存在する身体に
立ち戻ることって大切なことでしょう。

もう1つが船とアンカー(錨)のこと。

ある方が
「だいぶ自分の中が落ち着いて、感情に支配されないようになった、
と思っていたのですが、先日また怒りや憤りといった感情が出てきて・・・」

と困った様子でした。

そして、
「自分を高めていくと、もうそんなネガティブな感情が出てこなくなるのでしょうか?
それとも、ネガティブな感情が出てもそれにこだわらなくなるのでしょうか?」
とのご質問でした。


どちらもあり♪でしょうが、
より後者のネガティブな感情が出ても
それにこだわらない自分になるのではないかと思います。

悟りきったなら、
もしかしたら生きている意味もなくなるかもしれませんし、
いろいろ感情が出てこそ楽しかったりしますし。

ただ、それまで自分の感情にのまれてしまい、
人生を辛く感じられていた方でしたので、
また同じことが起きるのでは?と心配だったのでしょう。

その時にアドバイスしたことが
やはり身体に意識を向けること、身体を感じること、
身体を動かすことでした。


身体は自分という魂が形となって現れたものです。
魂という言葉が少し?でしたら、
無意識という言葉に置き換えてもいいでしょう。

はずかしいな〜と思ったら、顔が赤くなります。
イライラしてきたら、貧乏ゆすりをしたり、
不満に思ったら、ほっぺがふくれたりします。
もしある方から「つまらないものですが・・・」とメロンパンを出されたら、
「いえ、いえ、結構です」と言いながらも、手はメロンパンに伸びていたり・・・

船に例えると、
海に浮かんでいる船は頭(=マインド)といえます。
船はいろんな波にもまれてあちこちに揺れてしまいます。
海の上に浮かんでいるならば揺れて当然ですね。

そして、船のアンカーを身体(=無意識)と例えるならば、
いかにアンカーをしっかり船に結びつけておくかが大切なこととなります。

アンカーをしっかりつけておけば、
大きな波が来て船が右往左往しても、必ずもとの場所(=自分自身)に
戻ることが出来ます。

生きている以上、周りの環境の影響を
良い悪いに関わらず必ず私たちは受け、
様々な感情もそこから出てきます。

その影響を受けながらも自分に中心を保つには、
身体(=無意識)に絶えず立ち戻ることが、
やはり大切なことだな〜と思います☆

どちらにしても何かあったら
今とつながっていて、しかも無意識とイコールのような存在である
身体に立ち戻ることって、
こころを気ままに解放するためにも
必要なことだと実感しております。


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(167)お互いを認めあいながら・・・
Posted by ぶち at 2008年03月04日

朝、「あーねら」から家に戻ると
ゆきさんが僕の部屋のいくつもある
書棚の整理をしてくれていました。


ゆきさんはとにかくシンプルな生活を好み、
必要の無いものは他の人にあげるか、捨てるかして、
心も身体もそしてお部屋もクリアにしていくタイプ♪

僕はどちらかと言うと、“この世界に不必要なものはない派”で
あまりものを捨てないんですね〜。

ですので、ものを捨てるかどうかというかと
いうのがぶち家の焦点になることが
たま〜にあります。


自分の生活に不必要なものを一通りクリアにすると
どうしても僕の部屋が気になるようで、
「これ捨てていい?」と僕にたずねては、
もう必要がないであろうと判断した服やら何やら
これまでも捨ててくれました。


*ある時、親戚の結婚式間近になり、
 着ていくYシャツを探したらすべて捨てられていたのは
 びっくりでしたが・・・

何を捨ててもいいけど、
本の類だけは捨てないでとお願いしてきましたが、
ゆきさん的にそろそろ僕の本棚の整理を
したくなってきたようで、
今日は「これはもうどう考えても必要のない本だけ出しておいたから♪」
とのこと。

ゆきさんとしては、「もう必要のないもの以外は捨てて」という
言葉が出かかっている様子で、
こちらとしても、少し譲歩しないと収まらないようであります。


シンプルに生活していくことも、
全て大切なものとモノをとっておくことも、
どちらが正しいというものでもなく、
良い所取りして、バランスをとっていくことが大切なんでしょうね。


同じ屋根の下でも、
様々な主義主張が渦巻き、
その上で自分のペースで気ままな生活を
お互い認め合いながらしていくことって、
やっぱり世界平和の第一歩だと思います☆


このコラムを書いていると、
ゆきさんが掃除を始めました。

その横で光希は掃除機の音がうるさいから掃除しないで、
遊んで〜と主張しております。

*その脇で僕がひっそりコラムを書いているわけですが・・・

きっと数年経ったら、懐かしい家族の風景になるんでしょうね〜☆


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(166)日常をスピリチュアルに♪
Posted by ぶち at 2008年02月26日

子どもの頃は
遠足の前の晩興奮して眠れなかった方です。
大人になっても旅行やイベントの前の日は
ワクワクして、やっぱり寝付けない方でありました。
お祭り好きというかイベントが大好きなんですね〜☆

前の仕事の就くようになってからは、
長い休みになると長野県の穂高養生園に
長く泊まるようになり、
普段味わえないような気ままな非日常を
楽しみようになりました。

養生園では朝、ヨガやけっこうきつい散歩を
希望者で行います。

普段の生活だったら、
とにかくギリギリまで寝てよう!という僕も、
養生園では早起きをして、すました顔で
広場でストレッチなどして身体を整えていました。

食事も生活態度もほぼ健全で
普段ではあり得ない晴れ晴れしたヘルシーライフを
養生園では楽しんでました♪


ところが一旦下界に戻ると、
段々だれてきます。
次第に夜は遅く、朝はギリギリまで寝てるという
普段の生活に戻ってしまうわけです。

そんなことを何度も繰り返している時に、
ふっとこのままではいけないんじゃないか?と思うようになりました。

あまりに養生園と普段の暮らし振りにギャップを感じた僕は、
少しずつですが養生園的生活を日常の暮らしにも
持ち込むようにしました。


今思うと、その頃からレイキなど
ヒーリングを学び始めた時期ですし、
今の暮らしの土台が築かれた時期でもあります。

僕もゆきさんも「日常をスピリチュアルに♪」を
モットー(笑)としています。
これも非日常の旅行やお祭りなどのイベントの時にだけ
盛り上がるのではなくて、
日々の暮らしをワクワクしながら楽しんでいくための
工夫と呼べるのかもしれませんね〜。

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(165)死を見つめること
Posted by ぶち at 2008年02月12日

どの方にも主義や主張があります。
僕は前世や来世があるという考えを大切にしてますが、

*その方が僕の場合、今を気ままに生きられますので♪

この人生しかないですよ〜、
だから今を大切に♪という考え方をお持ちの方もいるでしょうし、

まあ、いずれにせよ自分が死んでみないとわからないことですので、
その時をある意味、楽しみにしております☆


さて、さて私たちにとっての最大のイベントは
生まれることと死ぬことではないでしょうか。


誕生が祝福とともに訪れるならば、
死もやはり祝福とともに訪れるんじゃないかな〜と思っております。


もちろん、今でさえ
悲しすぎると感じる死を迎える方は多いです。

ただし、傍からはそう思っても
実際のところはどうなのかは
本人の魂に尋ねてみないとわからないことでしょう。


日本では死を学ぶ機会というのは、
幸か不幸か少なくても公教育ではありません。

僕自身、死を意識したのは小学2年生のとある夜。
布団の中で、ふっと
「あっ、僕もいつか死ぬんだ!」と気づいた時は
怖くて悲しくてがたがた震えたことを覚えています。

公的にも学ぶ機会のない死は、
あまり話さない方がよい、慎むべきデリケートなこと。
と感じる方が多いのかもしれません。

ただその分だけ、死に対しての想いが稚拙な感じがするのは、
自殺率の高さからもうかがえるのかもしれません。

「よく死ぬことはよく生きること」という言葉がありますが、
死を見つめることで、生き方も変わってくるのではないでしょうか。


もしも、前世や来世があるという考えに立つなら、
どこで生まれるかを
自分が、もしくは自分と神様(やソウル・グループ)とで相談して
決めてきたということならば、
どこでこの人生を終えるかも事前ミーティングがあったはずです。

生も主体的に自分でベストの選択をしたものだし、
死も同じように主体的に自分がベストの選択をするような気がします。


そして死はまわりに対しての
最後のメッセージでもあります。

「それにしてもあのじいさん、最後まで気ままで楽しそうな人生だったな〜」と
思われる生き方を最後までしたいな〜と思っております♪


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(164)「ライフ イズ ビューティフル」
Posted by ぶち at 2008年02月05日

この間、「思い出に残る映画ランキングベスト30♪」みたいな感じの
映画の特集をテレビでのほほんと観てました。


その中で上位にあったのが「ライフ イズ ビューティフル」という映画。

この映画は第2次大戦中、ドイツの捕虜収容所に入れられた親子の話で、
見つかったら、すぐに処刑されてしまうであろう幼い息子を
かばうために、お父さんは息子に
ゲームが終わるまで見つからなかったら、戦車をあげよう♪ともちかけ、
壮大なかくれんぼゲームを演出して、子どもを収容所でかくまうという内容です。

この映画を観たのは、僕がまだ独身の頃。
その時いい映画だな〜と思いましたが、思い出に残る!といった
感じではありませんでした。

ところが、その番組でのわずか1分足らずの内容の紹介だけで
うるうるしてきちゃいました(笑)


今、3歳の息子を持つ身として
うるうるしてしまうでしょう。

どんなに辛い状況だったとしても、
子どもには辛い思いは味合わせたくないな〜と思いますものね。


そういえば、最近はドラマでも何でも、親子が別れるという内容のものを
目にするとそれだけで、胸がきゅんとなります
子どもを持つことで、僕の中のそれまでとは違う視野で
ものごとを観るようになったのでしょうね〜♪


私たちは月日と共に
良い悪いは別として、様々な経験をしていきます。

そして、もしその体験を感謝で受け止めることができるならば、
おそらく自分の視野って1つ広がるんじゃないかな〜と思います。

僕にとって、子どもが生まれたこと、
そして、子どもとともに育っていくとは、
感謝以外の何ものでもありません☆


また、これから
例えば大きな事故に遭って、身体に大きな障害が残ることもあるでしょう。
命にかかわるような病気になることだって、
これからあるかもしれません。

そんな時に
「ライフ イズ ビューティフル」のお父さんのように
その辛い状況を違う角度から見直して、
どう楽しんでいくか♪って、
とっても大切なことだな〜と思います。

何しろ本当に「ライフ イズ ビューティフル」なのですから☆


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(163)「マズローの欲求段階説」
Posted by ぶち at 2008年01月17日

人間には様々な欲求があります。

それを段階別に整理したものが、
「マズローの欲求段階説」です。

1、生理的欲求
2、安心・安全の欲求
3、親和の欲求
4、自我の欲求
5、自己現実の欲求

*何だか眠くなりそうですね〜♪

原始人の山田君で例えるなら、

飢えることなく日々過ごすことが
まず生きていくためには必要なことになってきます。
そこで海の幸、山の幸一杯の豊かな土地に
移り住むことにしました。

(これが1の段階ですね〜)

ただし食べ物が豊富にあるということは、
危険な猛獣もいたりしますので、
山田君は山の中腹の洞穴に居を構え、
入り口も厳重な扉を作って、
洞穴に猛獣がやって来ないようにしました。

(これが2の段階です)

食や住まいも確保できた独り者の山田君は、
一人でいることが寂しいな〜と段々感じるようになり、
近くに住んでいる人たちと仲良くなり、
もう少し広い場所で、その人たちとムラを作りました。
その中にはあこがれの斎藤さんもいます♪

(3の段階♪)

あこがれの斎藤さんに良いところを見せたい山田君は、
ムラのために井戸を作ったりしていくうちに、
ムラのリーダーになりました。
そして、ついに斎藤さんと結婚します♪

(4ですね〜☆)

やがて子ども生まれ、リーダーとしても活躍した山田君ですが、
村祭りの出し物である、「村内勝ち抜き相撲大会」で
はじめて優勝を逃したことをきっかけに、
リーダーの座を若くて有能な星野君に渡し、
その後は孫の面倒を見ながら、ムラの発展のサポートを
亡くなるまでしていきました♪

(5!)


1の欲求を叶えられて、次の2の欲求に
2が叶えられて3へと進んでいくのが、
原則と言われています。

*自分の夢をかなえるために、
 安定した仕事を辞めるということも時としてありますから、
 原則通りではないこともあるでしょうね。


そう思うと、人間が様々な欲求を持ち、
それに向かって進んでいくことも自然なことなのかもしれません。


でも、そこには
「足るを知る」気持ちがないと、
結構、自分が苦しくなります。

(地球も苦しくなります)

特に現在、情報があまりにも豊かに入ってくる世の中では、
「足るを知る」気持ち以上に、
「もっと豊かになりませんか!」という
お誘いが後を絶ちません。

そんな中で情報に惑わされずに
自分の自然な欲求を叶えていくためには、
頭ではなく身体や心に常にフィードバックすることが大切だと思います。


先日、本屋さんで
「求めない」(加島祥造さん)という本をちょっと立ち読みしました☆

その中で「求めないと、人は自由になる」みたいな
文章を読んで「お〜!」と感動しました。

*求めないという気持ちを求めすぎるのもなんですが・・・


求めないって、今のまんまでOKということでしょう。
それを基盤にして、楽しみながら気ままに「いいな〜♪」と感じたことを
求めるようにしていきたいですね〜☆


全文を読む "(163)「マズローの欲求段階説」"
(162)うつの原因は・・・
Posted by ぶち at 2007年12月27日

ウツの個人的な原因は様々あることと思います。

その様々な原因を大きく観てみると、慢性疲労との関係は、
今の社会においては見過ごすことができないものです。

交感神経が慢性的に過敏になることによって、
(いわゆる慢性疲労の状態ですね)
身体の生理的なバランスが崩れ、
心のバランスも揺らいでいく例を、
ある方は原始人とクマの関係で説明されています。

例えば、ある原始人A君の住んでいる洞穴の近くに
最近、多くのクマが出てきて、
彼のお友達の多くがクマに襲われ、
命を落としているとします。

*たとえ話なだけで本来クマは
 愛情深くやさしい動物ですよ〜☆


いつ襲われるかと思うと、
いつも不安で、神経も高ぶってきます。
夜もよく眠れなかったり、浅い眠りになったりします。
また、食事もゆったり取れなかったり、食欲不振になったりします。

*いわゆる交感神経が常時高ぶっている状態ですね。

でも、そんな状態もクマがいなくなれば、
A君はほっと息をついて、元通りのA君に戻ることができます。

私たち現代人も生理的には、
原始人とそれほど変わりはありませんが、
今の社会は原始時代と比べると、
とても忙しい生活になっていることは大きな違いです。

会社でのハードワーク、忙しい子育て、
遊びでもパソコンにゲームにテレビに・・・。

どれも交感神経を刺激するものばかりで、
副交感神経を働かせる食事や睡眠をおろそかにしている状態。
それが長らく続いていくと、

不眠や食欲不振、
ちょっとしたことで神経が過敏になったり・・・
という、原始人A君がクマに不安を感じている状態と
とてもよく似ています。

少し違うのは、実際にクマがいないことです。

ですので、現代人の私たちには
何が原因なのかわからなかったり、
原因がわかっても、それを頑張ることで克服しようとする人が
多いのではないでしょうか。

この状態が続くと元気のない自分に苛立ちを感じ、
段々、自分を責める(もしくは特定の誰かを責める)ように
なりがちです。

(不眠や食欲不振、神経過敏などが第1段階とすると、
自己不信、自己嫌悪は第2段階といえるでしょう。)
 
この段階になると、
自分の中に相反する自分が出てきます。

それはゆったり休まなくちゃと思う自分と、
そんなに休んで申し訳ない、できれば働かなくちゃと思う自分。

ですので、自分では休んでいるつもりでも、
あれこれと焦りを感じているので、
なかなか副交感神経がゆったりとできないという矛盾が
出てきやすくなります。

特に女性は心と身体の連携が、男性以上にダイレクトですので、
そのような状況に知らず知らず陥っているケースが、
多々あるように思います。


私はうつと診断された方とお会いした時には、
心の中で、または実際に口に出して、
「ウツになられて、よかったですね♪」とつぶやきます。

「もうこれ以上今までの生活をしていくと大変なことになりますよ♪
もっと自分のペースで生きていきませんか♪」

という心や身体からの強いメッセージが、
ウツという状態なのですから、
そのメッセージをきちんと受けとめられたステキな人生の転換期
だと思いませんか☆


どのようにケアをしていくのかは人それぞれでしょうが、
まずはゆったりと休んで、心と身体をほぐすこと
(=副交感神経が優位になることを気ままに行ってみること)
でしょう。

単純に気持ちの問題と捉えてしまいがちですが、
元は頑張りすぎでの慢性疲労から来ているものであれば、
身体をほぐしてあげることで、必ず心もほぐれていきます。

そして、心がほぐれていく中で、
どうして慢性疲労になったのだろうという、
もともとの原因を探し、
では自分にやさしい生き方って何?と考えて
自分のペースで気ままに実践していくことが
とても大切なのではないでしょうか。

*日記に書かれている原始人とクマのお話は
下園壮太さんという方の「『プチうつ』気分にさよならする本」
(PHP研究所)、「うつからの脱出」(日本評論社)からの
引用ですので、気になられた方はぜひ、お読みになってみてください☆


全文を読む "(162)うつの原因は・・・"
(161)山道を歩く旅人
Posted by ぶち at 2007年12月10日

人生にはとりあえずの目安がありますから、
とりあえずそこまで行ってみようという気になります。

とりあえずあの学校に入れるようにしたい♪とか、
あの仕事に就きたいとか、あの人と結婚したい!などなど。

そして、その目安までたどり着くと


*まぁ、たどり着けない時も往々にしてありますが、
 必ず次の目安が出てくるところが、
 人生の面白いところですね☆


多くの人はほっと安心して、
そこでゆっくりくつろごうかな〜という気になります。


*くつろぐのはいいのですが、
 その目安によりかかろうとすると、
 逆にその目安が自分に重くのしかかってきたりします。


しかし、ほっとしたのもつかの間で、
その人にとって必要な学びが、
そこで待っていることがよくあります。


*もちろん、その学びも自分で決めたことですから、
 無理な学びはありませんし、
 次に持ち越すこともできるのですが。


そう思うと私たちは、
頂上が雲に隠れて見えない山道を歩く旅人
のようなものなのかもしれません。

途中で走ることも、のんびり休むことも可能ですが、
大体は自分のペースで歩く方がいいでしょう。

何だか同じ道を行ったり来たりしているように思えても、
実は着実に登っていたことが、
後になってわかるでしょうし、

段々坂がきつくなっても、
それに見合う筋肉がついてきますし、
自分に合った歩き方が身についてきます。


*誰かと寄り添って歩くのも楽しいですが、
 誰かによりかかって歩くと、
 なかなか前に進めません。


何しろ頂上がどこにあるのかわからない道程だけに、
周りの風景を楽しみながら、自分のペースで
気ままに歩いていくのがいいのでしょうね〜。


ご存知のようにその山を登るための
登山計画をあなたはすでにしっかりと立ててますので、
途中で遭難する恐れは100%ありませんので、
安心して登ってくださいね〜☆

全文を読む "(161)山道を歩く旅人"
(160)心の窓
Posted by ぶち at 2007年12月01日

自分の人生という
大掛かりな劇には様々な方が
愛を分かち合うというステキな報酬を
お互いにあげっこしながら出演してくれています。

その章が終わると風のように
立ち去っていく出演者もいれば、
長く最終章までお付き合いしていただける方、
はたまた一人寂しく歩くクリスマスの華やかな街で
わきあいあいと肩を寄り添い、
主人公である私に「いいな〜・・・」と嘆かせるカップルの役として
一瞬だけですが非常に大きな影響(笑)を与える出演者もいるわけであります。

自分の波動が変わると
付き合う人も変わってくるようですが、
きっと昔からのお約束で
必要な時に必要な人が現れてきて、
そしてお役目が終わるとそれぞれが別のお役目に向かっていくのでしょうね。

その時に心に浮かぶ、寂しさや執着といったものも
その主人公が学ぶ必要があることで、
すべてに「ありがとう」だな〜と思います。


さてさて、会って楽しい人もいれば、
会いたくもないと思っているのに、
職場などで会わざるをえない人もいます。

*引き寄せの法側なのでしょうね♪

敵役、味方役、様々入り交えて
主人公は愛を学んでいくのですが、
それを違う言葉でたとえるならば、

脇役の皆さんは、
主人公がこの“世の中(=愛)”を覗き見ている心の窓を
広げたり、窓の数を増やしたりしてくれているのでしょう。

もちろん、その窓から“世の中”をみたくないよ!と
拒否することも主人公はできますが、

様々な窓の存在を知ることで、
主人公は“世の中”をより広い視野で観ることができるようになります。

窓は人だけではなく、本や映画などでも
増やすことができますね〜♪

ですから、誰かと会ってお話をする時に
この人はどんな窓から“世の中”を観てるんだろう♪というふうに
接してみると、
それまでにはない角度から、その人をながめることができて、
案外面白いかもしれません。

自分の心の窓を増やすことで
私たちはもっと愛に近づくのですから☆


全文を読む "(160)心の窓"
(159)ワクワク引き寄せ体験を募集
Posted by ぶち at 2007年11月16日

今、山川ご夫妻が翻訳された新刊
「ザ・シークレット」を読んでいるところです。

*詳しくは♪(下の方です)
http://siawasehokkori.seesaa.net/category/3878916-1.html


いわゆる「引き寄せの法側」のことが
これでもか!というくらいに載っているとっても波動の高い本です。


思えば、この引き寄せの法則
ぶち家はよく使っております♪

「あーねら」をはじめて間もない頃、
まだまだお金がない苦労をするという経験を積んでた頃のこと、

お金が降ってこないかな〜と思うと
本当に5千円札が降ってきたり、
自動販売機に小銭があふれていたり、

*ありがたくいただきました☆


今日支払いをしないと水道が
明日支払いをしないと電気がストップする!という2日間に渡っての
スリリングな日に
「とにかくお客さん来て〜!」の僕の願いに
2日とも当日予約のお客様がいらっしゃって、
胸をなで下ろしたり、

ゆきさんが甘いものが食べたいというと、
お客様がおまんじゅうを持ってきてくれたり、

数かぞえきれないほど、
「引き寄せの法側」を使ってきました☆

*もうすぐ3歳の光希は現在、
 すごい勢いでプラレールを引き寄せております♪

この本にも同じ様なことが書かれているのでしょうが、
僕の経験では「引き寄せの法則」のスイッチをオンにする方法が
いくつかあります。

それをまとめて言うならば、
気持ちの面でも、物理的な面でも、
心地良い空間を空けて待っているということです。

気持ちの面で言えば、
悲壮感いっぱいに「お客さん、来て〜!」と思っているよりも、
「お客さんが今日来る♪」と思って
ゆったり何か楽しいことを考えたり、
ぼ〜っとして心を楽にしている方が、
何故だか来てくれます♪


これはお聞きした話ですが、
野口整体を学ばれた方がお店を開いたけれど、
全然お客様が来ない。

困り果てたその方は創始者の野口晴哉さんにご相談されたそうです。
それに対して野口さんが
「それでは、たたみの目でも数えていなさい。」と答えられ、
その方はそれから3ヶ月ほど、本気で
たたみの目を数えていたとのこと。

すると不思議なことに3ヶ月目から
とても多くのお客様が訪れるようになったそうです。

もちろん、技術がしっかりしての話ですが、
欲ではなく、無欲になった方が
お客様も無意識レベルでしょうが
安心して行きやすくなったのかもしれませんね〜。


物理的な心地良い空間というと、
言わずとしれたお掃除もそうでしょうし、
他のことでも、何かやり残したことを片づけた後、
ふっとその空いた隙間に
願ったことが訪れるです。

先ほどの支払いできるかどうか、「お客さん、来て〜」と
願った時も、
図書館で長らく借りていた本を返しに行って、すぐに
お客様からの連絡が入ったのでありました☆


「引き寄せの法側」のことを多くの人は
もうすでに知っていることでしょう。

僕も今さら・・・、と思いながら買ったのですが、
どうやら「今さら」と思われている人ほど、
買った方が良い本であります。


特に「今さら」と思いながらも、
自分の夢など引き寄せられていない人は、
どうして引き寄せられないのか、じっくり考える機会になるでしょう。

うまく引き寄せられない人ほど、
この本を読んでいると、
ある種の葛藤が出てきます。


例えば、
「そんなふうに書いてあっても、実際はなかなか難しいんじゃない。」とか
「成功した人だから、そんなことをいえるんじゃない。」など

そんな葛藤の部分をよく感じて手放してあげるだけでも、
この本を買う意味はとてもあるでしょう。

だから僕もできるだけ単純明解に
「そ〜なんだ!すごいな〜。僕もそうやってみよう!!」と
ワクワクしながら、この本を読んでいる次第であります☆


全文を読む "(159)ワクワク引き寄せ体験を募集"
(158)赤ちゃんを守る女性の骨盤
Posted by ぶち at 2007年09月21日

男性でも女性的な心持ちの人もいれば
女性でも男性的な心持ちの人はいます。

いわゆる女性性、男性性と呼ばれている
心のバランスのことは置いておいたとして、

*本当は置いておけないものなのですが♪

身体の面でいうと、
男性と女性では機能や骨格など大きく
異なることは事実です。

特に骨盤を比べてみると、
男性の骨盤は、上下、左右、に女性の骨盤と比べてみると
よく動きます。

ですから、瞬発力に優れ、ある程度激しい動きにも
対応できる骨盤と言ってもよいでしょう。


女性の骨盤は、開いたり閉じたりといった動きを
緩やかに行うのに適した骨盤です。

ですから、男性に比べると
持続力があり、骨盤の動きが緩やか故に、
ゆったりと骨盤の中のものを守るのに適した骨盤です。
もしかしたら、男性よりも痛みに耐えうるということも、
この骨盤から来ているのかもしれません。


*あまりに激しいスポーツを長くやっていくと
 生理がなくなることがあるのも、
 骨盤に無理がかかるからでしょう。


では、女性は骨盤で何を守るのかというと、
通常は子宮や卵巣という生殖器を守り、
妊娠の時はお腹にいる赤ちゃんを守ることになります。


乳房が大きくなることも、
もちろん、生まれてきた赤ちゃんにお乳をあげるためでありますし、

男性にはできない、
妊娠と出産をできる身体として女性が生まれてくるのですから、

もしかしたら、妊娠、出産というのは、
女性にとって身体的には(=心的にも)一番豊かな時期と
言えるのかもしれません。
また女性にとって、もっと健康になるための最大のポイントともいえます。


*もちろん、生まれてくる赤ちゃんにとっても
 その子の心や身体を育てていく基礎が、
 胎児期や赤ちゃんの時代ですね〜☆


妊婦さんのお腹の中は、“生命の海”のようなもの。
その海から、
新しい世の中を担う子どもたちが生まれてきます☆


そう考えるとマタニティライフはもっと、もっと、
みんなで大切に守っていきたい時期なんじゃないかな〜と思ってます。

実は10月8日に世界で初めての「胎教博」が
東京で行われます。

*あーねらも出展します。


胎教博HP
→ http://www.taikyouhaku.com/

妊婦さんはもちろん、
女性、男性問わず、みんなで大切にしていきたい胎教について
考えていくよい機会だと思いますので、
どうぞ、ご参加くださいね〜☆


全文を読む "(158)赤ちゃんを守る女性の骨盤"
(157)夢をかなえるための5つの視点
Posted by ぶち at 2007年09月07日

最近、自分でそ〜だよな〜♪と思って
行動する時、カウンセリングや「夢をかなえたセミナー」の時に
お話させていただく視点が5つあります。


あれこれ考えていると、思考って絡まって
ごちゃごちゃになりがちですが、
案外突き詰めていくと実は人生の仕組みって
シンプルなものだったりしますので、
この5つの視点をベースにしばらく行動してみようかと思ってます。


1つは宇宙が僕の味方であるということ。
この世に生まれてくるには、
自分が何かを経験するために生まれたい!と願い、
宇宙もだったら生まれていいですよ〜とOKを出してくれないと
この世に生まれてこないようです。
OKを出した以上、宇宙は必ずサポートしてくれます☆

ただし、そのサポートを受け取る態勢を自分が整えていかないと、
どんなに宇宙が手を差し伸べても、受け取れなかったり、
気がつかなかったりするのでしょう。


2つ目はこの世の中は常に動いているということです。
動いていないということは生命がないということで、
エネルギーは常に流れています。
人間は安定を好む傾向がありますが、
それって執着になる場合も多かったりします。
昔の人は「諸行無常」とか、
だからこその「一期一会」という言葉を残しています。
すべてのものは、いつかは流れ去ります。
だからこそ今を大切に愛しむ心が生まれるのでしょうね〜。


3つ目はネイティブ・アメリカンの言葉ですが、
様々な出来事に対して、
それを感謝できなければあなたに過ちがあるということ。

随分厳しい言い方ですが、
簡単に言えば、すべての出来事は何かを感謝するために
起きているんですよ〜ということです。
もちろん、時間をかけなければ「あ〜、ありがたかったな〜」と
思えないこともありますが、
逆に言えば、たとえ大変なことだな〜と思うようなことでも
それをどう感謝すればいいのだろうか?と視点を変えてみることって
とても大切な人生の見方だと思います。


4つ目は、3つ目にも通じる人生の見方ですが、
人生はすべて笑えるということ♪
この視点を持てると楽です(笑)
例えば、ものすごく真剣に
猪突猛進で突き進んでいる自分がいたとします。
そういう時って、案外ズデン!と転びます。
それを「あれ〜、何やってたんだ♪」と
笑えた時、ふっとゆるんで
違う生き方が目の前にあったりすることもあるのかもしれません♪


5つ目は、気ままに自分の心地良さを感じているかどうか。
やっぱり気ままに心地良い状態にいるって大切なことだと思います。
自分のペースを大切にといいますが、
じゃあ、自分のペースって何かというと、
まさに気ままに心地良さを感じられるかどうかだと思います。

通常、トイレにしても、おならにしても、
欠伸やのび、すべての生理的な活動って
必ず心地良さがありますし、そんな時って気ままな状態だったりします。

生理的な活動というのは、
自分の身体から自然に出てくる生命の営みです。
これを恥ずかしいからと不自然に止めてしまうと、
身体は「おいおい、止めてくれよ!」と様々なメッセージを出してきます。

気ままな時って身体も心もゆるんでいます。
そんな時こそ、ふっと次の第1歩も歩みやすくなるのでしょう。

*逆にゆるみたいからこそ、緊張するということもありますが♪


この5つの視点というのは、
幸せに夢をかなえるための大切な視点とも思っております。
たま〜に思い出していただければ幸いであります☆

全文を読む "(157)夢をかなえるための5つの視点"
(155)言葉の波動
Posted by ぶち at 2007年08月14日

眠れない夜は、
眠くなるまで寝てあげない主義です。

とある夜もそんな感じで、
布団の中でうつらうつらしてると、
あれこれ心に浮かんできました。

(以下はその時のこと)

そう言えば言葉には、その言葉独特の波動があるけど、
小林正観さんは、感謝しなくても「ありがとう」と繰り返し言っていると
段々感謝の念が涌いてきますって言ってたな〜♪

でもやっぱり本気で「ありがとう」と言うといいんだろうな〜。

「ごめんなさい」って謝った時も
本気で言っているかどうかって、何となくわかるし。

やっぱり言霊ってあるんだろうな〜。

確か「アロハ」っていろんな意味が込められてたっけ。
ん?どんな意味・・・


*ここで布団から抜け出し、最近お友達のももちゃんからもらった
「マナ・カード」の本を取り出し、「アロハ」の意味を調べる。


A:用心深く警戒すること
(覚醒する、光の道の意も)
L:調和を持って働くこと
(平和と同意をもたらすの意も)
O:真の誠実さ
(魂の真実の意も)
H:謙遜
(人間の放漫さは小さくあるべしの意も)
A:辛抱強く耐えること
(大きな呼吸の意も)

これをもって「ALOHA」=愛となす


*読み終わり、感慨深げに「ん〜!」といいながら布団に戻る


おそらく日本語にも隠された意味があるんだろうな〜。

確か「あこがれる」という言葉は
平安時代に、ふっと道端で素敵な人を見つけた人が、
目をキラキラさせて
「吾こ 誰?(あの人は誰)」と言ったのが語源だったっけ?

でも、その恋心に心焦がれるという意味も入っている気がするな〜。


「あい(愛)」って平仮名表示の最初の2つの言葉だっていうのも、
何だか意味深だし、英語で「あい」というと「私」。
「愛」=「私」だ〜!


*日本語と英語の違いをものともせず、布団の中で盛り上がる


「わたし」というのも一音一音で意味があるのかもしれない♪

「わ」:私自身
「た」:他人
「し」:幸せ

とするならば、自分と周りの人たちが一緒に幸せになることで
「私」という命が存在しているという意味かもしれない!!

「わ」が「輪」という意味なら、周りの人と輪になって幸せになることで
「私」が存在するってことかも!


*徐々に単なる言葉遊びになってきている


実はまだまだ続いたのですが
そんなこんなで一人悦に入り、盛り上がって眠れない夜の一幕でした。

全文を読む "(155)言葉の波動"
125. 左側のケガ、傷のいみ。
Posted by ゆき at 2007年08月08日

先日、友達からメールがきて、

包丁で2回も、左手をケガしたとのこと。


それってどんな意味あると思う?と聞かれたので、

左だから、女性性と関連あるのかもね・・・

もうすこし休んだり、

リラックスできる時間をとったらいい、

ということかもしれないね、とメールしました。

切るってことは、もっと注意深くみて、ということかな、と。

また、手は、助けを求める、とか、受け取る、

という意味もあるので、

誰かに助けを求めるとか、助けてもらうことや

受け取ることを自分自身にゆるす、

という意味かもしれないね、というお返事をしました。

メールを書きながら、これって、私自身にも

当てはまるのかもな〜 なんて思いながら・・・

そしたらその日、光希が転んで、左のひざをケガしました。

またもや、左・・!!

左が続くって事は・・・

これは私へのメッセージでもあるわね、やっぱり!!

足は動いたり、前へ進んだりするものだから・・・

やっぱり、いちど動くのをやめて、

ゆっくり休みなさいよ、

というメッセージかなと思いました。

光希のすり傷、今まででいちばん派手だったので、

これはちゃんと受け止めないと、と思いました。

昨日引いたエンジェルカードもおんなじような意味合いで、

自分自身に慈悲深く接しましょう、というようなカードでした。


なので、「今日は休み日にしよう」と決めて・・・

最近とてもおっくうだったのが、食事づくり。

普段はとてもすきなのだけど、

それがおっくうになるのは、けっこう疲れてる証拠。

ということで・・・

お昼ごはんを、夫の実家のお店に食べにゆきました。

作って出していただくごはんの美味しいこと!!!

おまけに、最近ものすご〜〜く食べたかった、

「豚の角煮」と「坦々麺」、それがなんと

両方セットになった定食があって!!

それが最高に美味しかった・・・♪

ものすごく身体が喜んで、身体にあった

緊張がふーーっとゆるみました。


夕方涼しくなってからは、

地元のお祭りの出店をみにゆきました。

ちょうど夫のおとうさんが出店していたので、遊びがてら。

ジュースや枝豆いただいたり、出店している他の方と

いろいろおしゃべりさせてもらったり。

公園内のお祭りなので、公園で光希と遊んだり。

生のライブで光希と踊ったり。

この日はめずらしく、光希も私もお昼寝をしませんでした。

これは本当にめずらしいこと!!

それなのに、ふたりともお祭りにいって

ものすごく元気になりました。

結局夜ごはんも、私と光希は出店で食べ、

夫用には、おかずを買って帰って。

食事作りを2回もお休みできました。

これ、ものすごくありがたかった・・・☆

そしてだいすきなお祭りでリフレッシュもできて・・・♪

友達と光希のけがのメッセージのおかげで、

リフレッシュ&お休みして疲れが抜けました。

それにしても、私じゃなくて、

どうして友達と、光希がケガしたんだろう・・・

と思ってたら・・・

ここでようやく思い出しました!!!!

4,5日前に、私も、左足首をひねっていたことを!!

ダンスが大好きなので、足のケガは致命傷。

ひねった瞬間、痛みはたいしてなかったけど、

「気をつけなくっちゃ!!」と、一瞬、すごくドキッとしました。

でもそのあと、痛みがほとんどなかったので、

忘れてしまっていたのです・・・

そうか、私が自分自身のケガのメッセージに

ちゃんと気づいてあげなかったから、

友達と光希がわざわざ教えてくれたんだ・・・

小さいケガでも、ちゃんとメッセージとして

受け取ることが大切なんだなと、改めて思いました。

全文を読む "125. 左側のケガ、傷のいみ。"
(154)苦しいとき
Posted by ぶち at 2007年08月08日

苦しい時って、自分のネガティブな部分が出やすくなります。

また、その状況になったのが他の人のせいだと誰かを怒ったり、

様々な不安がどんどん頭に浮かんでくることもあるでしょう。


実際僕自身、先生を辞めて

毎月の給料が入ってこなくなって数ヶ月無収入だった時は、

(整体の勉強などをしてましたので、お金は出る一方でした♪)

さてさて、どうしよう?と困っていました。


困っている状態であれこれ考えると出てくるのは、

「自分はプロとしてやっていける技術を身につけられるだろうか?」
「お客さんは本当に来てくれるのだろうか?」
「お金がどんどんなくなっていくな〜」といった

不安なことばかりでした。


でも、その状況を困った状況ではなくて、

何かを学ぶために必要な状況ととらえ直してみると、

案外気が楽になって心もゆるんでくるので、

いい発想が出やすくなったり、状況が変化していきます。


*それに、先生を辞めて癒しのお仕事をしたい♪ということは

自分で決めたことですので、

この状況は誰のせいでもなく、僕自身が創ったものであることは

よ〜く理解してました。

そう思いなおすと面白いことに、ステキな出逢いがあったり、

「ちょっと身体の調子が悪いので診てくれない?」とお友達から連絡があったり、

この「なまけもの読書会のメルマガ」をやってみない?と誘われたり、

山川ご夫妻がピースボートに乗られるので、

スピリットダンスの会のお留守番を数ヶ月に渡って行ったり、と


「あー、今の流れで大丈夫なんだ〜♪」と思えることが

数々起こりました。


*そう思うと、不安の多くは実現しませんので
不安の種よりも、夢の種の方が断然、花を咲かせやすいようです☆


苦しい時に自分のネガティブな部分が出やすくなるのは、

ある意味当然かもしれませんし、

出てきたなら、それを「出ちゃった〜」と認めてあげることも

大切なことだと思います。


まあ、それはそれとして、その一方で、

大変な状況になった時こそ、自分がどんなことを想うのか、行動するのかを

みつめてあげてください。

自分らしさが出てきますので、

「お〜、自分ってこんな感じなんだ!」と自分を楽しむこともできます。


そして、その状況が大変であればあるほど、

その状況の後ろに大きな贈り物が隠れていること☆

これだけは確かなことだと思います♪


*カードゲームと一緒で、「今回はパス!」というのも
もちろんありですけど☆

全文を読む "(154)苦しいとき"
(153)動物を滅ぼす森は、人間も滅ぼす
Posted by ぶち at 2007年07月17日

7月14日は厚木七沢で行われた
日本熊森協会会長の森山まり子さんの講演会の
お手伝いに行ってきました。

タイトルにも書いた「クマと もりと ひと」は
日本熊森協会で発行されている
この協会ができるまでの道のりや、
クマを守ることの大切さや、森(奥山)の大切さが
書かれている、とても素晴らしい本です。

昨日の講演会より前に
風鈴演奏家の吉田さんにこの本をいただいて、
読みましたが、みなさんに読んでいただきたい本です。


この協会ができるきっかけは、
中学校の先生をされていた森山さんに
一人の生徒がある新聞記事とそれに対する
自分の感想文を持ってきたことからはじまります。
(1992年のこと)

それはツキノワグマが冬なのに里に下りてきて
射殺されたという記事です。

*簡単に言えば、森に食べるものがなかったからでしょう。

理科の先生だった森山さんは
その異常な事態に驚いて、生徒たちが考えるきっかけになればと
ご自身が授業を受け持つクラスに
その記事と生徒の感想文を一緒にプリントにして
配ったそうです。

それを読んだ生徒さんたちが
大変なことと肌で感じたようで、
多くの生徒たちがクマを守るための運動をはじめました。


*調べてみるとクマの数がこの当時でどんどん減っていて
 このまま行けば絶滅してしまう危機にあったそうです。
 (現在はさらに悪化しています)

 そしてクマというのは森で一番大きな動物。
 このクマがいなくなると森の生態系は一気に崩れます。
 さらに言うなら、クマが住めるどんぐりなどエサが
 豊富にある自然の森自体が日本でもあまりないそうです。
 ちなみに杉やヒノキなど植林をはじめに広げていった
 九州にはもうツキノワグマは生息していないとのこと・・・


森山先生はある生徒に
どうして自分のことでもないのに、そんなにクマのことで
頑張れるかたずねたそうです。

その答えは、
「僕は自分の寿命まで行きたいから・・・」だったそうです。

この話を講演で伺った時、僕も胸が痛くなりました。


戦後、国の政策として
それまでの豊かだった森を切り崩し、
杉やヒノキといった木材として儲かる木をどんどん植えていきました。

杉やヒノキの葉は日光を通さないので、
それらの木々の下には草が生えません。

もちろん、どんぐりなど野生の動物たちが食べる
どんぐりもできません。

ですから人工林に入るとそこは、動物や他の植物もいない
死の森になっていくそうです。

*エサのなくなった野生動物たちは
 里へ降りるしか道がなくなります。

そして杉やヒノキの根は
広葉樹と比べて根がとても浅いので、
森は水を蓄えることができません。

近年土砂崩れなど自然災害がおきやすくなっているのも
これが大きな原因のようです。

*そういう意味では自然災害と言うより
 人工災害なのでしょうね。


ある営林局の係官が森山さんに次のような話をしたそうです。

「奥地の奥地まで、森を開発したり、
 杉を植えていったでしょう。その度に、川の水位が
 どんどん目に見えて低下していくんですよ。
 それで、都市の水源確保のために、奥地へ奥地へと
 ダムを造ってきたんですけど、もうダムを造る所、
 どこにもありません。」

その話を聞き、森山さんは
「動物を滅ぼす森は、人間も滅ぼすんだ」と思ったそうです。


ご存知のように、古代から多くの栄えた都市は、
開発で森をなくし、水をなくし、自分たちの住んでいた場所を
砂漠にかえ、自滅していきました。

現在、これが地球規模で行われている気がします。


今の子どもたちはもちろん、
これから生まれてくる子どもたちに、
美味しい水と豊かな森を残してあげたい。
そして彼らがステキな人生を全うできる地球であるように
していくことが、大人としての
私たちの責任ではないかと強く思いました。


日本熊森協会HP
http://homepage2.nifty.com/kumamori/index.htm


全文を読む "(153)動物を滅ぼす森は、人間も滅ぼす"
(152)夢を叶える願い方
Posted by ぶち at 2007年07月01日

もうすぐ七夕さんですね♪

何かお願い事はありますか?

僕のお友達で自分の名刺の裏に
自分の死亡記事を書いて、
その中に自分がこれからかなえていきたい夢を綴っている方がいます。

はじめにこの名刺をいただいた時には
少しびっくりしたのですが、
よくよく考えるととても納得するところですし、
実際にその方はどんどん自分の夢をかなえていますので、
とても参考になる“夢のかなえ方”だな〜と思っております。


名刺にするということは、
自分がこうなりたい♪ということを
まず考えること。

*新聞の記事になるということは具体的な夢を
 綴るということになりますものね。
 しかも死亡記事ですから今生におけるゴールですし☆

また、名刺はいつもだいたい身につけているものですから、
いつでも自分の夢を確認できますし、
少なくとも自分の夢の波動をいつも感じていることになります。

そして、名刺ですから他の方に配るわけです。
その度に自分の夢を宣言することになりますし、
ある意味、自分の夢を宇宙に発信することになります。

その夢が宇宙の流れにかなっていれば、
宇宙からのサポートも得やすくなるのかな〜と思います☆


夢をかなえる1つのステキな方法だと思いますので、
気ままにそんな自分の夢を綴った名刺を考えてみてはいかがでしょう。


宇宙の流れにかなった夢って
あなたが「この人生、こんな風に楽しく生きたい♪」という夢のことです。

そして、その場所がはじめての方に道を教える時って
「この道を真っ直ぐ行くと右手に銀行があるから、その手前を右に曲がって・・・」
と、できるだけ具体的に話をしますが、
神様や天使さんにお願いする時も同じ様に具体的にお願いした方がいいみたいです。


ですから、例えば経済的にもっと豊かになりたい時に、
「もっと収入が増えますように」とお願いするよりも、

例えば「ステキな人が現れて、その人と結婚できますように」
とお願いするよりも、

収入が増えたことで、もしくは、ステキな人と結婚できたことで、
自分の人生をどうしたいか?というところを
お願いすると、より夢がかないやすくなるでしょう。

七夕さんまで、まだ時間がありますし、
そんなことも気ままに頭に入れながら
どうぞ、楽しい夢をお願いされてみてはいかがでしょう☆


************************************

7月7日は「ゆったりと夢をかなえたセミナー」を行います♪
このセミナーでは上記のことを踏まえた上で、
あなたの夢って何か? どうすればかないやすくなるのか?を
お伝えしていきますので、ご興味のある方はどうぞご参加ください。

詳しくは(あまり詳しくないのですが・・・)
 → http://www12.plala.or.jp/anela/

*3年前にこのセミナーの旧バージョンを行った時、
 僕は10個の自分の夢を発見し、そのうち8個実現しました☆

全文を読む "(152)夢を叶える願い方"
(151)“運の神様”
Posted by ぶち at 2007年06月21日

さて、さて。もう20年くらい前、
欽ちゃんが最終審査に残った僕たちに出した質問が、

「もし、これから芸能界でやっていくとして、
“努力、才能、運”どの順番に大事だと思う?」

緊張した面持ちで、一人一人答えていきました。
僕は、自分の心情的には、「努力、才能、運」かもと思いながらも、

でもプロとしてやっていくことを考えていくならと、
「才能、運、努力です。」と答えました。

欽ちゃんは一人一人の答えに、
相づちを打ちながら、「じゃー、結果は電話でするからね〜。」とおっしゃり、
審査は終了。

結局、僕は不合格になりました♪
まぁ、だからこそ今の人生があるからそれはそれでいいのですが、
欽ちゃんの質問の答えは一体何だったのだろう?と
心のどこかにずーっと引っかかっていました。


それが先日偶然観た、あるTV番組で
ようやく答えがわかりました☆


ゲストで出演されていた欽ちゃんの言葉や、
彼をよく知る芸能人たちのコメントから、

まず、プロとしてやっていくならば、
まず才能がないとどうしようもないということ。

その才能のある人たちが努力をして
はじめて表舞台に立てるということ。

そうなると、「才能、努力」の順番となります。


*まだあまり売れていなかったある人が欽ちゃんに
「人一倍努力しますから、よろしくお願いします。」と
 言ったところ、「それは当然でしょ。」とそっけなく言われてしまったそうです。


**そう言えば山川ご夫妻の仕事振りを知っている方から、
  「翻訳の仕事になると、あんなに真剣に努力している人たちはいないと
   思うよ。」というお話を聴いたこともあります。

では“運”はというと、欽ちゃんはとてもとても大切に思っているようです。

*「運の神様」と呼んでいました。


いくつか書き出してみると、

“運”はプラス、マイナスで誰も0になると信じ、
実際に欽ちゃんが無名だった年数と同じ年数ものすごく人気が出て、
その年数が過ぎた時に、ぴたっと自分が持っていた人気番組を
ほとんど終了させてしまったそうです。


仕事運、家族運、健康運など、どれか1つが飛び抜けて良いと、
他の運が悪くなるので、常にバランスを取る対策をしていたとのこと。


ある番組のスタッフを構成中、あまりに運がいい人たちが
揃い過ぎたので「運の悪い人」を抜擢したこと。

*「運が悪い人」とは、「今、運をため込んでいる最中の人」と
 考えているようです。


逆に運が良い人を番組に集めるため、
番組スタッフも全員、あみだくじで決めたり、
出演者の選考会終了1時間後に自宅に電話をかけて
本人が出たら合格にするなどしたそうです。

*これで受かったのが、ギバちゃん♪

「運の神様」を意識して、劇などの練習中は
窓を開けて、「運の神様」が見やすいようにしていたそうです。
また、きちんとした芸能人に育てたいと思った人の時は
何度も何度も練習中に駄目出しをして、「運の神様」に
振り向いてもらおうと思ったそうです。


このように“運の神様”に
格別な思いを抱かれている欽ちゃんの答えはおそらく、
「運、才能、努力」だと思います。

また、番組の最後の方でおっしゃられていた
「何か人を選ぶ時に『あなた、才能がないから駄目だ』と言うより、
 『今回は運がなかったのね』と言った方が救われる感じがするでしょ。」
という言葉に、欽ちゃんの優しさを感じました☆

当然、それぞれ答えは違っていてもいい問題ですが、
20年経って、ようやく欽ちゃんの答えが聴けた気がして、
胸のつかえが、ふっと取れた感じがしました。

全文を読む "(151)“運の神様”"
(150)『努力、才能、運』一番大切なのは?
Posted by ぶち at 2007年06月11日

ようやく20年来の問題が解決しました♪


それは大学4年生の夏のこと。

とある雑誌に、欽ちゃんが塾生を募集しています、
という記事が載っていました。


欽ちゃんこと、萩本欽一さんといえば、
その当時、毎日のようにTVに出て、
ものすごい視聴率を出していた人気者であり、
僕も大好きな人でした。

その欽ちゃんが芸人さん(?)を養成する塾をはじめる!
一体、どんな人が募集で集まるんだろう?
もしかして、欽ちゃんに会えるかも♪


その当時、就職活動もしないといけない時期になのに、
何も考えず、気ままに応募しました。

結果は書類選考、第1次選考にも合格して、
最終選考にまで残ってしまい、
ついに欽ちゃんにもお会いできることができました♪

TVで見るのと同じで、欽ちゃんは
とてもやさしく、「あれやって、これやって♪」と
僕たちに課題を出していきました。

*僕は緊張の連続でした!


「じゃ〜、この課題で合格、不合格を決めるから。
 野球の審判になったつもりで『セーフ』と言ってね。
 やった人から、紙に合格なら○、不合格なら×
 を書いて渡すからね。」
と、とてもあっさり最終課題を出す欽ちゃん。

僕の順番になって、大きな声で「セーフ!」と言った後、
欽ちゃんから「はい♪」と手渡された紙を広げてみると、
「○」と書かれていました♪


急にぽっかり雲の上にでも昇った気持ちでいましたが、
最後の人まで終わってみると、
予想以上に多くの人を合格にしてしまったようで、

「あーら、こんなに採用できないな〜。困ったな〜。」と
少し考えられた後、

「じゃ〜、最後の最後に質問します。で選考の結果は後で電話しますね。」
と言って、出された質問が、


この芸能界で成功するのに大切なのは、
『努力、才能、運』どの順番になるでしょうか?


というものでした。

どれも大切なものですし、
それぞれに答えが違ってもいい問題でありますが、
さて、あなたならどの順番になるでしょう?


ちなみに数日後に自宅に電話があり、
僕は不合格とのことでした。
電話に出たのがうちのお袋で、
やはり、大学4年生ということもあって、不合格になったそうですが、
 
まかり間違ったら、チャチャ(懐かしい♪)の一員に
なっていたのもしれないな〜と思うと、
僕にとっては、とても面白い体験でした♪
 

全文を読む "(150)『努力、才能、運』一番大切なのは?"
(149)眠れない夜
Posted by ぶち at 2007年06月02日

あれこれ考えて、眠れない夜があります。

「明日の仕事、どうしよう!」「片思いの人のことを思うと眠れない☆」

「パソコン、やりすぎた〜!」などなど

眠れない理由も様々でしょうが、
眠れない時は、寝ないのが一番です。


眠ろうとしても浮かんでくる心配事があったら、
その心配事に向かって、
「大丈夫、大丈夫☆」と心の中でやさしく言ってあげましょう。

それでも浮かんでくるようだったら、
イメージごと、ピンク色の風船の中に入れて、
空に流しましょう。
その風船はどんどん空の上に昇り、消えていきます。

その代わりに、自分がワクワクすることを
しばらく思い浮かべましょう。


さらに気持ちよくノビをしてみます。

息を吐きながら自分が伸ばしたい方向に手足を
心地よく伸ばして、
同時に身体全体も伸ばしていきます。

気持ちよく伸ばしきったところで、
もう1度、大きく息を吸って、3〜4秒経ちましたら、
脱力と同時に息も一気に吐きます。

これをやりたいだけ繰り返してみてください。


身体がこれだけかなり、ゆったりとしてきます。


そうしたら、なるべく長く息を吐きながら
瞑想でもしてみましょう。

何か物音がしたら、
「あ〜、物音がしているな〜」と思い、
ゆったりと、ヨガのシャバ・アーサナーのように
布団やベッドに身をゆだねてみてください。


本来、人間は3時間くらい熟睡できれば充分で、
それ以上の眠りは付け足しみたいなものなんですね〜。

*ただし食べ過ぎると、より睡眠時間をとらないとならないようですが

よく眠れなかった次の日は、
それを証明するいい機会になるかもしれません。

それを楽しみに、今は
布団の中でのシャバ・アーサナー(屍のポーズ)を
心地よく行ってみましょう。


*シャバ・アーサナー
  仰向けになって身体を床に横たえて、ゆったりと呼吸をしながら
  自分の身体をみつめていくポーズです。
  


全文を読む "(149)眠れない夜"
(148)あなた色の花
Posted by ぶち at 2007年05月31日

野に咲く花の美しさは
誰のものでもなく、その花自身のためのもの
だからこそ、愛しく美しいのです


そんな内容の詩を思い出したのは、つい先日のことです。
(真民さんでしたっけ?)


ある日、「鑑賞用の花って、寿命が短いのよね〜。」と
お客様がふっと言われた一言に、
随分、久しぶりに思い出しました。

野山に自然に咲く花々は、
雨風に絶え、当然、肥料もない中
自分の力で大きくなり、そして花を咲かせます。

誰かから、
「顔晴ったね〜♪きれいに咲いたね〜♪」と
誉められることもほとんどないでしょう。

でも、鑑賞用に人に作られた美しさではない
自分自身の花を咲かせます。

だからこそ、ふっと偶然、その花を見つけた人は
その美しさに見とれるのかもしれません。


この宇宙をジグソーパズルに喩えると、
私たち一人一人が、小さいかもしれませんが、
大切なその1片です。

ですから大袈裟に言うなら、
あなたがいることで、この宇宙は今、成り立っています。

あなたが今、笑っていたり、怒っていたり、
楽しんでいたり、悲しんでいたり、
何かに忙しかったり、反対に何もすることがなかったり、

今、その状態にいるあなたがいてくれることで、
宇宙はバランスを保っているのですね〜☆

ジグソーパズルに喩えると、
とても小さな、でも他に代えることでできない
大切なあなたという生命です。

だから、誰に見られるでもなく、誉められるでもなく、
自分のためにあなた色の花を、
気ままに咲かせてみませんか。


上の詩を、
僕が中学校の先生の頃、
一番最初の卒業生を送り出す時に、
彼らに最後のはなむけのお話として贈ろうとしました。

最後に教室で彼らの前に立ったら
泣けちゃって、泣けちゃって
どうにも話にならなくて
困ってしまったことを思い出します。


*その様子を、すぐ横でビデオに写していたお父さんがいました。
 泣きながら生徒に話している傍ら、
 「あとで見ないで欲しいな〜。」と願っていた僕でありました。

全文を読む "(148)あなた色の花"
(147)もっと気ままに楽しい人生
Posted by ぶち at 2007年04月21日

そんなに気をつかわなくてもいいのに・・・
という人もいれば、
どうしてあんなに気をつかわないのだろう・・・
という人もいます。

*だから、良いとか悪いという話ではないのですし、
 気づかいが得手、不得手というのもあるでしょう。

「気をつかう」とは
自分の気を誰かに向けて、よりその人が心地よいだろうな〜という
言葉がけや行動などを取ることですが、

あまりに気をつかいすぎて、
疲れてしまうタイプの方が
特にやさしい人に多いのではないでしょうか。


ここでいう「気」が、
いわゆる「氣」であるなら、
宇宙に無限といっていいほどあるわけですから、
使えば使うほど、もっと豊かに自分にも流れてきて、
自分を消耗することはないでしょう。

では、なぜ疲れる人が多いのかというと
その人自身の気をつかっているから、ということもあるかもしれません。

気をつかいすぎて疲れてしまうタイプの方は
頭であれこれ考えないで、
以前、ご紹介した“光の呼吸法”などをたまに行いながら、

自分と相手との間でのエネルギーの流れだけで
気をつかわないで、
宇宙(大いなる存在)と自分と相手という、
大きな三角形のエネルギー循環を感じながら
気をつかってみると、もっと心地よい関係ができてくるかもしれません☆

*自分だけではなく、相手も宇宙とつながっていると
 イメージするといいでしょう♪
    

反対に気をつかわないタイプの人は、
自分の気を誰かにあまり向けようとせずに、
自分の気を自分の中にできるだけ止めておこうとする
タイプといえるかもしれません。

*自分のエネルギーを誰かに向けたら、
自分のエネルギーが消耗するだけではないか?という不安を
過去の経験から無意識に抱えているのかも。

でも、これはもったいないことで、
気やエネルギーは循環していくことで、
流れも良くなって、しかもどんどん増えていくものです。

自分の中にとどめておくと、
どんなにステキな気でもよどんでいく傾向にありますし、

筋肉と一緒で、使わないとどんどん衰えていくものでしょう。


気をつかいすぎていたり、反対に気をつかうことが
できていないな〜と困っている人はもちろん、
誰もが、宇宙=自分=相手 というステキな三角形のつながりを持って
コミュニケーションをしていくと
もっと気ままに楽しい人生になるのではないかな〜と
ふと思いました☆


全文を読む "(147)もっと気ままに楽しい人生"
(146)“じぶんひらき”
Posted by ぶち at 2007年04月02日

今回の「やさしい時間」では、はじめてテーマを
タイトルに入れました♪

“はるひらき じぶんひらき♪”

ふっと1月くらいに浮かんだこのテーマ、
「春のはじまりになかなかいいかも!」と
本当に何気なくつけたのですが、
どうやら、自分にとってのふか〜いテーマだったようです☆


じぶんをひらく=オープンにすること

*もちろん、無理矢理ではなくて気ままにですけど・・・


思い出すのは、随分前に
養生園というよく行く宿でのこと。

ある時、前世がわかるという女性の方が
同時期に宿泊していました。

その頃の僕は今よりも小心者でしたので(笑)、
他の方が「私のも見て!」と盛り上がっていたその側で、
「僕も見てもらいたいけれど、はずかしいな〜」と
うろうろしていました。

それを知ってか知らずか(きっと知ってたのでしょうね)、
「じゃ〜、あなたのも見てあげるね♪」と
その女性に言われて、見てもらいました☆

その時教えてもらった前世は、
インカで神官をしていたというものと、
中近東でダイナミックボディのダンサーだったというもの♪

*ダンサーというのはその時はぴんと来ませんでしたが、
 数年してからスピリットダンスに行き出したのと関係があるかも♪と
 今は納得しております。

その女性とはその後、恋仲にも何にも発展はしなかったのですが、
その後も、いろいろとお話をする機会がありました。

はじめは、前世すら読める彼女は僕の心がどの位読めるんだろう?と
どきどきしていました。

でも途中から、どきどきしていることも面倒になり、
「隠してもしょうがない。僕は僕のままでいていいんだ!」
と居直るというか、自分を気ままにオープンにする術を
彼女から学ばせてもらいました。

最近は、いろいろなチャネラーの方と
お会いすることがありますが、
その時の体験から、おかげさまで気ままにお付き合いさせてもらってます☆


*よく山川ご夫妻のセミナーでも行われる
 アイコンタクト(二人一組になって、じ〜っと目を見つめるだけのワーク)も
 じぶんをひらくワークの1つでしょう。

 はじめは、まるで裸の自分を見られているようで
 苦手だったのですが、
 やはり、ありのままの自分をオープンにするこのワーク、
 今は大好きであります♪


今までいろんなスピリチュアルなワークを受けてきましたが

*まあ、この人生を生きること自体、スピリチュアルなワークですから♪

すべて、自分を心地よく受け止めてあげて、
自分のペースで“じぶんをひらいていく”
体験だったような気がします。

そしてじぶんがひらくと、
もっといろいろな豊かさが自分の元に来てくれるようです☆


そして、今回の「やさしい時間」も
僕自身をひらいていくワークのような気がしています。

『“じぶんひらき”にはベストの方々をゲストにお招きしましたので、
 すばらしい会になります☆』

っていう宣伝、今までは自分が主催のイベントなのに言えませんでしたが、

(何しろシャイなもので・・・)

おかげさまで、気ままにじぶんをひらいていえるようになりました☆

全文を読む "(146)“じぶんひらき”"
(145)試行錯誤
Posted by ぶち at 2007年03月24日

最近、光希と一緒に子ども番組をよく観ます。

近頃の子ども番組はとても渋いものが多く、
太宰治や島崎藤村などの詩や物語の一節を朗読したり、
歌舞伎や狂言、はたまた作衣のたたみ方まで出てきます。

「働けど、働けど ・・・・じっと手を見る」なんていう朗読を
正座をしながら、じ〜っとみている光希を観ていると
何だかすごいな〜と思います。


さて、そんな番組の中に
車たちが主人公の番組があります。

ぼ〜っと光希と観ていると、
その回の内容は、こんな感じでした。


発明好きのはしご車が、最新車洗浄機を発明して、
みんなに「きれいになりますからどうぞ入って下さい♪」
とすすめますが、

「どうせ、また失敗作で大変な目に合うでしょ!」と
どの車も断ります。

そんな中、子どもの車が
運悪くつかまってしまい、その洗浄機の中に入り、
案の定、きれいになるどころか、大変な目に会いました。

「いかがでしたか?」と尋ねるはしご車に
子どもの車は、本当のことを言ってしまっては可哀相かもしれないと
悩みながらも、思い切って正直に
「全然、きれいになりませんでした」と伝えました。

それを聞いたはしご車は、落ち込むどころか
「その言葉を待っていたんですよ♪」と喜びました☆

「どんなことでもはじめからうまくいくとは限らないので、
何が悪いのかを正直に言ってくれることで
もっと良いものが出来上がりますからね♪」
というのがはしご車さんの思いだったようです。


そう考えると
私たちの人生はすべて試行錯誤の
歩みなのかもしれません。

完全に安全な道なんてありません。
やってみないと答えはわからないし、
どんなに完璧に準備しても
案外どこかにミスが出たり、
前回やってみて上手くいったからといって
同じことをしても上手くいくとは限りません。

何かをする時に
できるだけよい方向に行くように
自分なりやっていくことはとても大切なことですが、

よ〜く考えると何を持って完璧とするかなんて難しい話ですし、
(違う角度から観ると、すべて完璧なのですし)

それよりも、やってみて
もし失敗や過ちがみつかったら、

「お〜、次はここをなおせば、もっとよくなるのか!」
と素直に喜べる自分の方が、
もしかしたら、気ままなのかな〜と
ふっと思いました☆


全文を読む "(145)試行錯誤"
(144)スピリチュアル・エゴ
Posted by ぶち at 2007年03月20日

先日、テレビでDVに関するニュースが流れていました。

いつもあまり楽しくないニュースは観ないのですが、
その時はなぜか、そのままぼ〜っと眺めていると、
DVの被害者ではなく、加害者だった方へのインタビューが始まりました。

その方いわく、
知らず知らず、自分が妻を指導する立場をとってしまい、
妻がその通りにしないと、
「なぜ、そんなこともできないんだ!」と
教える意味で手や足が出るようになり、
次第にそれがエスカレートしてしまい、
自分の中では妻に暴力を振るっているという感覚がなかったそうです。


以前、スピリチュアル・エゴについて書いたことがありますが、
自分がその人よりも上の立場にいて、偉いんだぞ〜という視点は
どんな人にもどんな場所にも起こりうることなんだな〜と思いました。

僕もゆきさんとは年が少し(少しですよ☆)離れているので、
ついつい、この立場をとってしまいがちです。

*まして、先生をしていたのでついついありがちだな〜と思います。


ぶち家において、このスピリチュアル・エゴ的な立場を
断固として否定しているのが、光希(2歳2ヶ月)ではないでしょうか。

彼は、良い悪いに関わらず、
自分の したいことを、したい時に、したいだけ、行おうとします。

それをこちらの都合で阻止しようとすると
烈火のごとく泣き出したり、毅然とした態度で「いや!」と言います。

「それを単にわがままだ!」、
「今のうちに直してあげなければ、反対にこの子が可愛そうだ!」と
思ってしまうと、どこからかスピリチュアル・エゴの影が
忍び寄ってきます。

彼は彼なりの思いで行動しているわけでありますし、
実際、納得するととても素直に僕たちの言うことを聴いてくれます☆

そう考えると、緊急の時や危険な時はしかたないですが、
いかに彼が理解できるようにコミュニケーションを
とっていくかという“学び”を僕たちはしているようです。


親子、夫婦、友人、職場など様々なところで
他の人と結びついていきますが、
どんな関係であれ、お互いに協力して学び合うという立場を
とっていくと、もっと気ままになれるのかもしれませんね。


全文を読む "(144)スピリチュアル・エゴ"
(143)花粉症
Posted by ぶち at 2007年03月05日

今や国民病扱いされ、
春になると新聞、テレビなどマスコミにも毎日のように
その動向が伝えられて、まるで国家規模の行事扱いの
花粉症であります。

僕も10年くらい前に、
めでたく花粉症になりました♪

花粉症になる前は、
花粉症の人が大変そうにくしゃみをしているのを、
ちょっと微笑ましい感じでながめてたりしてましたが、

急に自分が花粉症になったら、
まったく微笑ましくなく、
「夜も眠れないよ〜!」と悲しくも辛い春を
毎年迎えることとなりました。


でも、その頃から
心や身体のことをいろいろとお勉強していたおかげで、

「あ、ここを押すと片方だけど、鼻が通った!」とか
「この方法で温めると目のかゆみも大分楽になった!」という感じで、

あれこれと花粉症にいいとされるものを
自分の身体で実験することができ、
年々花粉症の症状自体は少なくなってきました。

では花粉症はなくならないのでしょうか?     
ぼくが知っている範囲では、
現代医学ではその症状を止めることはできても
治すことは難しいとのこと。

でも実はゆきさんは、6〜7年前、花粉症の
症状が出たことがいちどあったそうですが、
知り合いの鍼灸師さんのわずか1回の施術で
症状がぴたっとなくなったそうです。

*よほど、その方法がゆきさんに合っていたのでしょうね♪

(ゆき注釈:花粉症のひどい症状が出たのは不思議とあのとき
 一回かぎりでした。OLをしてたころのことで、仕事が
 ものすごく忙しく、本当に精神的にも肉体的にも極限状態で、
“これ以上やったら、わたし、壊れてしまう・・・”と思って
 いたときのことでした。その数ヵ月後にその会社は退職しました)
     

また、いろいろと勉強をしていくと、
花粉症の原因を、杉などの花粉だけとするのは
無理があるんじゃないかな〜と
思うようになりました。

例えば風邪が流行っている時でも
風邪を引かない人がいるように、花粉症になりやすい原因が
身体にあると考えた方が自然なように僕は思います。

そう考えると、すべての症状と同じ様に
花粉症も心や身体のメッセージとして読み取ることができます。

*花粉さんだけを悪者扱いすると、
心や身体からのメッセージは読み取れません


心や身体から観た原因っていくつもあるのですが、
そのひとつが、「頭が弛んでないよ♪」ということです。

例えば、身体の中に必要のないものが溜まると
身体は熱や咳などを出すことで、要らないものを
身体から出そうとします。

*いわゆる風邪の症状ですね。

同じ様に、頭が弛んでいないと、
身体は、「じゃ〜、しょうがないな〜」と
自ら頭を弛ませようと、くしゃみや涙、鼻水を出させます。

*いわゆる花粉症の症状ですね。

ですから、この時期だけではありませんが、
くしゃみが出そうな時は、
くしゃみをさらに効果的にするために
なるべく大きくくしゃみをするように僕は心掛けています♪
そして、(さらにそのくしゃみを効果的なものにするため)
そんな自分を笑っちゃうようにしてます☆

鼻水さんが出てきたら、
「頭を弛んでいないことを教えてくれてありがとう♪」と
感謝をしながら、思い切り鼻をかむようにしてます☆

*ただし、我が子光希が寝ている時に
 思い切り鼻をかむと、光希が起きてしまうので
 それは注意しています。

それから、こんなことをすると、くしゃみがひどいな〜とか
これを気をつけると、症状が軽くなるな〜と
花粉症を身体のバロメーター代わりにして、

特にこの季節、くしょみ、鼻水、涙に感謝しながら
僕は花粉症と遊んでおります♪

*『気ままな花粉症セルフケア・レポート』
もう少し詳しく花粉症について、まとめたレポートを販売してます。
 無愛想なレポートですが、気ままにどうぞ♪

 詳しくは→ http://www12.plala.or.jp/anela/kafunsho-seitai.htm


*『気ままな花粉症講座 〜花粉症で遊ぼう♪〜』
  
  上記のレポートをもとに花粉症セルフケアを中心とした
  講座を行います。

 日時:3月23日(金)13:30〜17:00
 場所:あつぎパートナーセンター 3F和室
     (「ヒーリングダンスの会」で場所をとっております)

 参加費:5000円(「気ままな花粉症セルフケア・レポート」も含まれます)
     レポートをお持ちの方は3500円です。

 持ち物:軽く運動できる服装と筆記用具

 お申し込みは→http://www12.plala.or.jp/anela/mail-form.htm
  必ず「花粉症講座希望」とコメント欄にお書き下さい☆


全文を読む "(143)花粉症"
(142)光の呼吸法
Posted by ぶち at 2007年02月18日

上記の方法はレイキで「光の呼吸法」と言われているものの
簡単バージョンです。


「光に満ち溢れた」状態とは、感情を主体にした言葉になおすと、
『心が満ち足りた』状態といえます。

光に満ち溢れていると、まわりも照らすわけですから、
「あ〜、あの光 キレイだな〜♪」と
振り向いてくれたり、近づいてくれたりする人が多くなります。


*これは案外、恋愛の極意なのかもしれません。
 随分昔の僕もそうだったのですが、
 「自分もさびしいから」とか「自分で足りないものを補って欲しいから」 
 という気持ちがあると、その人が本来持っている
 輝きがくすんでしまって、なかなか見つからなかったり、
 同じ傾向の人しか近づいてくれないことってあるように思います。


以前にも書きましたが「足るを知る」と
とっても気ままに楽しく生きることができます♪


*足るを知らないと、恐怖心や怒りが芽生えやすく、
 自分やまわりの人をコントロールしようとする
 傾向があるようにも思えます。


イメージって、すごく強いエネルギーですが、

「自分にはお金がないから・・・」とか
「自分には〜がないから、〜が欲しい!」と

自分がマイナスの位置にいるイメージで、
マイナスの視点から、何かを欲しがるよりも、

「今、自分は満ち足りているけれど、
 こんなこともできると楽しいかも♪」

と、自分が豊かさの中にいるイメージで、
何かを欲しがった方が、
豊かさ波動に共振して、別の豊かさも来そうな感じがしませんか?


じゃあ、「足るを知る」にはどうしたらいいか?っていうと、
自分の命、生きていることに感謝することからスタート☆
ではないかな〜と思います。


さて、先ほどの「光の呼吸法」ですが、
本当は自分の光を活性化させる呼吸法と言えます。

私たち自身、光で満ち溢れているというか
私たち自身、光から出来ているのですものね♪

 

全文を読む "(142)光の呼吸法"
(141)お互い様♪
Posted by ぶち at 2007年02月10日

ご存知の通り、家族というのは、一番気が許せる存在であります。

それだけにいろいろと甘えたり(じゅーぶん、甘えていいのですが)
エゴを出しやすい(じゅーぶん、出していいのですが)
ところであります。

生まれて育った環境が違えば、
お餅の食べ方や、お雑煮の作り方も違うわけで、
それをこっちが正しいとか、そっちが間違っていると
言い合うこと自体、真剣に行うのはナンセンスな話なわけであります。

*遊びの一環としてだったら、ど〜ぞご自由に♪


それでもパートナーの言動などに、
カッカとしてしまうことも時としてあるわけで・・・。

先日も、なんだか朝から機嫌の悪いゆきさんに
こちらも機嫌が悪くなり、
だんだん、ふくれっつら合戦となってしまいました。

それがひと段落して、一人になった時に
ふっと頭の中に浮かんだ言葉が


「お互い様♪」


*たまに、もう一人の自分がするどいアドバイスをくれます☆


その言葉が入ってきた途端に
「そのと〜りでございます。」とカッカしていた自分が
シュンと小さくなっていきました。

結局お互い同じようなことをして
迷惑をかけあっているわけですし、

僕の立場では、100%悪くないと思っても、
相手の立場から見れば、
それもどうだかわかったものではないですものね。


かつて、自分が嫌いだった頃は、
できるだけ誰にも迷惑かけないで、
無人島にでもひっそり暮らしていきたい!と
ふっと思ったことがあります。

でも、生きている以上、食べ物としてありがたい命をいただいているし、
いろんな人に迷惑もかけてきましたし、
きっとこれからもかけていくのだろうな〜と思います。
(特にパートナーには)

そう思うと、本当に「お互い様♪」の気持ちが
大切なんだろうな〜と思います。


全文を読む "(141)お互い様♪"
(140)おしゃれ
Posted by ぶち at 2007年02月03日

僕の母は幸子(ゆきこ)さんと言います。

若い頃からおしゃれな人で、
最近はそれに磨きがかかったのか、
ラメの花模様がキラキラ入っているジーパンをはいていたりします♪

そのジーパン姿を見た時は、なんじゃ〜!と思いましたが
本人はきゃっきゃっとうれしそうでした。


ところがところが、このかあさん、
息子の服選びには、とっても慎重でありました。
オシャレな服というのは小さい頃から、買ってもらった記憶がありません。

*僕は全然服装に気を使わないし、お金も使いませんでしたので、
 まあ、親が買ってくれたら、それをためらいも全くなく着るという
 四半世紀を送っていました。

また、30歳くらいまでは、
自分が本当に嫌いでしたから、オシャレな服を
自分に着せてあげようなんて思わなかったでしょう。


僕の妻は由紀子(ゆきこ)さんと言います。

この人も結構オシャレな服装が大好きです。
きっと、ゆきこさんという人は、オシャレ好きの傾向があるのでしょう☆

はじめて、僕と二人であった時には、(渋谷駅で待ち合わせしましたが)
ダボダボのジーパンに、
チャックを首まで引き上げた水色のジャンバー姿という
あまりにセンスのない僕の姿に
そのまま帰ろうかと一瞬迷ったそうであります(笑)。

*迷いながらも、「いや、人間服装ではない!」と思い止まった
 その選択が正しかったかどうかは未だに定かではありませんが。


その後、結婚生活と共に
僕の服装改造計画も進んでいったワケでありますが、

*特にダンスでは派手派手のシャツ着て楽しんでます♪


基本的にオシャレ感覚がうすいこともあって、
まあ、気ままに改造計画も進んでいる感じです。

ただ、自分が嫌いだった頃から比べると、
かなり服装を楽しんで選ぶようになったな〜と思います☆


さて、さて、ようやく本題なのですが、

「あーねら」へ来ていただく女性のお客さんに
ごくごくたまにですが、

『最近、スカートをはかれていますか?』

とお聴きすることがあります。


これを違う言葉で言うなら、
『女性としてのあなた自身を楽しんでいますか?』
という質問になります。

おそらく意味があって女性として生まれた自分なのだから
女性としておしゃれして楽しむことって、
ある意味、自分を愛することにつながるでしょうし、
自分の輝きを創り出すことになるでしょう♪


*本当のオシャレって、本来持っている自分の輝きを
 引き出していくことだと思います。


何年もスカートをはかれたことがなかった方が、
「では、はいてみてください。」という僕の宿題を
まじめに実行していただき、それどころか、
「今では自転車乗る時もスカートだし、おしゃれって楽しいですね〜♪」
と後日 お聴きした時には、
僕もとってもうれしかったことを覚えています☆


全文を読む "(140)おしゃれ"
(139)あれこれやってみる
Posted by ぶち at 2007年01月22日

もし、前世というものがあるなら、来世というものもあるんだろうな〜。
その方が今を気ままに生きられるかもしれない♪

と思ったのがきっかけで、前世に関心を持つようになりました。

もし、自分の人生が1回だけでないなら、
途中経過、途中報告は可能でしょうが、

「自分の人生、こうだった〜!!」と言い切れる時って
ないのかもしれませんね。


何を言いたいのかといいますと、実は最近、
「なにをやっても中途半端で・・・」と話される方が多かったもので。


例えば、ラーメンづくり30年!というように
あることをずーっとやり続けている方とたまにお会いすると、
「すごいな〜」と尊敬の念を抱きます。

この道○十年なんていう風に
何をし続ける人って、そんなに多くはいません。

反対に何をしても中途半端で・・・
と思われている人の方が多いのかもしれません。

*でも案外思っているだけで、実は何かを継続されている方も
 多いと思いますし、僕もこの人生、43年以上継続中です!


仕事や趣味など1つのことに誠心誠意行っていくことも、
あれこれと自分の興味の向くままに行っていくことも、
どちらもステキなことだな〜と思います☆

例えれば、1つの大きな宝石を身につけるのと、
様々な色の小さな宝石を散りばめて身につける、
そんなスタイルや個性の違いだけなのでしょう。


ぼくも体癖的に、あまり考えもしないで
とにかく行動してみようというタイプです。

ですから、お店だけでも

ヒーリング整体、レイキ、カラーパンクチャー、
ネイチャーエッセンス、吸い玉、カウンセリング・・・・
など様々なトリートメントをさせてもらってます。


ある方から、「整体なら整体だけでやっていった方が、
中途半端にみえなくていいのでは?」と
アドバイスをいただいたこともありますが、
どれも好きなんですね♪

もちろん、やってみなければわからないこともありますし、
まずはやってみる☆をモットーにしてます。


きっと人生には無駄なんてありませんし、
時間制限というのも、
ほとんどは自分の頭が作り出していることです。

ですから、あれこれやってみたい人は、
中途半端になるかも?と思わないで、あれこれやってみましょう。

やったことは必ず自分の中に残っていますし、
それは次のステップへ歩みだすために必要だった!
なんていうことは、よくある話であります♪

全文を読む "(139)あれこれやってみる"
(138)“宇宙的な真理”
Posted by ぶち at 2007年01月16日

大学生の頃、アメリカのグランド・キャニオンへ行ったことがあります。

どうだ!!という位、空、山、空気など自然が堂々としているところで、
映画「E・T」に出てくるような深遠な森が本当にあるんだな〜と
びっくりしたことを覚えています。

また、一番印象に残ったのが星空でした。

普通、日本だと星空って、ロマンチックなイメージがありますが、
グランド・キャニオンの星空は違った☆

「こちらが圧倒されて怖い!もうちょっと離れて!」というくらい
鮮やか過ぎるほどの圧倒的な星空でした☆


もしも、いつもそんな星空の下にいたなら
まさに自分が広大な宇宙の元に存在していることを
もっともっと実感できるでしょう。

大宇宙と小宇宙である自分とのつながりも
もっともっと実感できるでしょう。

*占星術、天文学が古代文明で盛んだったのもうなづけますね。


現在、日本の都市では、
環境汚染や街の灯り、高い建物の乱立など人間の営んできたことのため、
きれいな星空というのは、なかなか拝めません。


普遍的な道理のことを、“宇宙的な真理”ということがありますが、
もしかしたら、そんな真理の輝きを曇らせているのも、
私たち人間のある種の想いからかもしれませんね。


人間の営み、すべてが自然に反しているとは思いません。
なぜなら、私たち人間も自然の一部だからです。

ただ、私たち人間は、あまりに自然(母なる大地)から
かけ離れたことを、行いすぎているのかもしれません。

前回の「やさしい時間」で本当にやさしい音色のハープを
奏でてくださった聡哲さんが日記で紹介されていたブログから、
ふっとそんなことが浮かびました。

http://native.way-nifty.com/native_heart/2007/01/post_c98d.html

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(137)自然の中でのメッセージ
Posted by ぶち at 2007年01月08日

昨日から、自分の中を見つめていくことを意識的にしています。

*ちょうど、ゆき&光希が実家に休養にいっているので
 ひとり、気ままにできるわけです♪


今日は久しぶりに厚木にある七沢自然公園に
車で行きましたが、
その途中からいろんなメッセージが自分の中から出てきました♪

*もちろん、僕自身へのメッセージですけど


・大きな木の根は深く広く張られています。
 だから大きな木こそ、自分がひとりでないことを知っています。


・自分の怒りを知る人は幸いです。
 それを知ることで、
 あなたが何かをコントロールしようとしていたことに気がつきます。


・思いっきりバカになりなさい。


・自分のペースに子どもを合わせる親になるか、
 それとも子どものペースを見守れる親になるかは、
 大きな違いです。


・この青空を観なさい。それが瞑想です。


・たとえば同じ“愛”でもあなたのイメージする“愛”と
 誰かがイメージする“愛”は違うものです。
 だから言葉だけに頼るのは怖いものです。

 *もしコミュニケーション手段が言葉だけである時は
  できるだけ想いを言葉に載せなさい。


・笑顔でいることが、誰でもないあなたの輝きを創ります。


七沢の自然の中を歩こうと思っただけで、
身体も心も解放されたみたいで、
普段は出てこないようなメッセージがどんどん出てきたみたいです♪

きっと1日心地よい自然の中にいたら、
そんなメッセージも聴こえなくなって、
心も身体も止水明鏡みたいに静まっていくのだろうな〜と思いました。

*七沢へ行く運転中にふっとバックミラーに写る
 後の車に目が行きました。

 助手席に晴れ着姿の娘さんを乗せたお母さんの笑顔♪

 20年子どもを育てて、キレイな晴れ着まで着せてあげて
 成人式に送り出すお母さん。

 娘さんよりもキラキラした笑顔でした♪

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(136)一年を振り返って
Posted by ぶち at 2006年12月23日

この時期はクリスマスに大晦日、そしてお正月と
様々なお祝いやお楽しみ行事が続きます。

ということは世界規模で
お祈りやおめでとう♪が唱えられている、
エネルギー的にも浄化や心機一転のお願い事をしたりするのに
よい時期とも言えるでしょう。

今年1年を振り返ってみると
数え切れないほどの

(というか忘れっぽいのでしょう・・・)

ステキな出来事や大事なレッスンを
自分なりに贈り物としていただきました。

「やさしい時間」というイベントを行うというのも
去年の今ごろは想像もしていなかったことです。

前々から、いつか講演会を開いたりして
他の方の前でお話をさせていただく場を持ちたいと
思っていましたので、
1つ夢がかなったんだな〜と今、実感してます。

夢を実現するのは、
お酒造りと似ているかもしれません。

じっくりと自分の中で熟成しないと、
また、そのために必要な時間をかけないと、
そして、熟成を後押ししてくれる環境や仲間のサポートがないと、
なかなか美味しいお酒はできないでしょう。

夢の熟成の第1歩が、
こんなことしたいな〜と、自分の夢を
より具体的に願うことです。

このシーズンは、
とっても寒いけど、星々もとってもクリアに見えます。
「星に願いを♪」ではないですけれど、
まさに夢の熟成に適したステキな時期ですね〜。

まだ具体的な夢がないんですけど。
という人もいられるでしょうが大丈夫です☆
まだあなたの表面に浮き出ていないかもしれませんが、
今、この瞬間もあなたの中で夢は熟成されつつあります♪

全文を読む "(136)一年を振り返って"
(135)救急法
Posted by ぶち at 2006年12月12日

今回は、光希が公園のジムから落ちたことについて、
少しだけ書かせてもらいます。

*詳しくは、以前ゆきさんが書いてますので、
 印象に残ったことだけです。


落ちたのは2メートル以上もある高さのところで、
このつり橋のようなところを渡る時には、
鉄柵がついてはいますが、
必ず両手を持って、いつも注意して歩くようにしてました。

ところがそんな時に限って、
僕も注意散漫で、光希もぼ〜っとしていて、
お互いに握っていた手が、するっと外れてしまいました。

そして、その鉄柵の間を、するっと抜けるように
落ちていく瞬間、
僕はまるで光希が滝つぼへ落ちていくような感覚になりました。

しかも下はコンクリート・・・

*重なる時には、本当に重なるものだと思います。


運よく、頭から落ちなかったのですが、
胸から落ちていった彼のところへ急いで行くと、
やや、うめき声に近い声ですぐに泣いてくれました。

*この場合、泣かない方がまずいので、まずは一安心。


僕は彼をじっと抱きしめるしか
他に何もできませんでした。
とにかく、全身全霊で彼にレイキをしました。

5分くらい経ってから、身体の様子などを観たりしましたが、
救急車を呼ぶというところまで頭が回りませんでした。

その後、泣きながら彼が寝そうになるのを、
「これはまずいことかもしれない」と無理に起こしたりしながら、
ゆきさんに連絡をしたりしていました。

(どうやら彼は本気で眠かったみたいです)


「ジュース飲む?」と彼の眠気を妨げようとしていったところ、
急に目をパッチリさせ、「じゅーしゅ、じゅーしゅ♪」と
先ほどまでの悲痛ともいえる泣き声から
一転して盛り上がる彼に、
「もしかしたら、全然大丈夫かも!?」と思い始め、

さらにジュースを買って少し飲ませてみると、
もっと頂戴!と身を乗り出してくる彼の姿に、ややほっとしているうちに
心配そうな顔をしたゆきさんが来てくれました。


*あとはゆきさんが先日書いた通りです。


あとから気がついたのですが、

実はその日は休日で
多くの人たちも公園にいましたが、
近づいて声をかけてくれる人は誰もいませんでした。

「何て人情ない世の中になったんだろう!」と嘆いてもいいのですが、
おそらく、これは、もしもの場合に
どんな行動をとるのがいいのか?ということを
学校でもほとんど教えていないことが理由なんじゃないかな〜と思います。

それがわからないければ、困っている人がいても近寄ることも
多くの方はできないと思います。


いわゆる救急法は多くの国で義務教育の中に入っていると聞きます。

もちろん、まずは救急車を呼ぶことが大切です。
でも、その救急車が駆けつけてくれるまでの数分間というのが
もしかしたら、命を左右する場合だって実際にあるわけです。

もし、その救急の状態に
自分の家族が、友達がなった時に、
自分に何が出来るのか?

そう考えると誰もが、救急法に関しては
普通の教科以上に学んだ方がいいことだと思います。


今回のことで、
僕は救急法の大切さや必要性を肌で感じさせてもらいましたし、
あれ以来、光希を抱きしめる時には、
彼の大切な命をあの時と同じようにしっかりと
そして愛しく抱きしめるようになりました。

全文を読む "(135)救急法"
(134)つながっていることでしたので♪
Posted by ぶち at 2006年12月05日

今回は、
コンピューターが壊れてしまったことと、
歯茎が大いに腫れたことについて書かせてもらいます。

なにしろ、つながっていることでしたので♪


光希の成長とともに
コンピューターが自宅の居間にあるぶち家では、
ディスク・ワークが日々、困難になってきました。

彼が起きている時に、
さて、資料をつくろうか♪と
コンピューターの前に座ると、

「あしょぶ!あしょぶ!」と僕の手を握り遊びに誘ったり、
果てはコンピューターを強制終了させたり!と

彼が昼寝をしている時、もしくは
夜寝た後にしか、落ち着いて仕事が出来なくなりました。

*ゆきさんは炊事に洗濯にと家の中をバタバタとアクティブに
 動き回っているので、居間でぬぼーっとしている僕が標的になるのも
 まあ、当然といえば当然です。


そのうち、
せめて1日5時間、いや4時間くらいは仕事がしたい!!!!と
僕の中に欲求がすごくたまってきました。

それとともに歯茎が次第に腫れてしまいました。

*はじめは、その関連性はわかならかったのですが


「痛いな〜、でも歯医者さんは僕の好みではないな〜」と
10日位痛みを我慢しているある日、ついにほっぺが腫れて見えるほど、
歯茎の腫れがひどくなってしまいました。

*腫れてなくても、ほっぺはふくよかではありますが


ちょうど、その日に実は家で仕事が出来ない!
というストレスも頂点に達していて、
もうこれは解決方法を真剣に考えなければと思い、

ゆきさんとも相談して、
仕事場にインターネット環境を整えることにしました。
まだ、先のことになるとはいえ、
かなりストレスになっていたことが解決すると、
何とその日のうちに、歯茎の腫れがなくなってしまいました♪

自分でもウソ〜と思うくらいで、
改めて心=身体という関係を実感させてもらいました。

*ある人が言われてましたが、まさに「歯痒い」状態だったんですね。


さて、しばらくしてコンピューターが突如、壊れてしまいました!

面白いのですが(おもしろがっちゃいけませんが)
僕が発行している有料のメルマガを期日内に送って、すぐに動かなくなりましたので、
彼(?)なりに最後までがんばってくれたようです。

また、バックアップをきちんと取っておきましょうね。という強烈なメッセージを
この件でいただきました。

どうやらハードディスクがだめになったみたいなのですが、
このおかげで、少々ためらいを感じていた、
新しいコンピューターを買って、
仕事場でもインターネットを使えるようにするという流れが
結果的に早まることとなりました♪


一見すると歯茎の腫れとコンピューターが壊れたことって
何のつながりもないようにみえるのですが、
実際、人生は様々なものがつながり、からみあっているものだな〜と
感じている次第であります。


ちなみに、ハードディスクが壊れた理由を電話で
コンピューターの担当の方にたずねたところ、
どうやら光希が何度もバンバンとコンピューターの強制終了をしたことが
原因のようでした。

そう考えると、すべて光希の暗躍ということになります(笑)
恐るべし!!

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(133)災難は新しい豊かさ
Posted by ぶち at 2006年11月29日

いつもイベント「やさしい時間」が終わると
新しい豊かな流れが僕にも訪れます。

10月21日に行った「第3回 やさしい時間」の後も
きっと新しい流れが来るのだろうな〜と
楽しみにしていました♪

(もちろん、ステキな輪が広がりました!が・・・)

イベント終了後にお財布とその中に入っていた免許証をなくし、
我が子光希を公園のジムから落とし、
歯茎は腫れてしまい、
そして、それまで使っていたコンピューターが動かなくなり!

と、立て続けに
一見すると災難がぶち家に訪れてくれました(笑)


免許に関しては、僕の中で何か葛藤があり、
紛失届を出したのがその10日後!

しかも偶然、近くの掲示板で見かけた
「紛失届はインターネットでもできます♪」というポスターのお陰で
ようやく出した次第であります。

(これを見かけたのも意味があるのでしょうね♪)

非常に大切なものだから、すぐに届けるのが普通ですが、
どうして自分の中でストップがかかってしまったのだろうと
しばらく考えてました。


先週、そのことをお友達に話していたら、
面白いことに急に腑に落ちる考えが出てきました。

それは過去の親との体験から、
自分が何か失敗をした時、自分でも落ち込むのですが、
さらに親からかなり怒られたことが何度もあって、

その経験から、それ以降、何か失敗をしても
誰にも言えず、しかも事後処理のために動けない自分が
今でもまだ存在していると気がつきました。

さっさとやっちゃえば、気持ちも楽になるのに動けないし、
事後処理をしていないので、これからどうなっちゃうんだろう?
と不安だけは抱えている自分がいたんだな〜と
その時に気がつきました♪

気がついて、もうこれからはそんなことしなくていいんだよ〜♪
大丈夫だよ〜と、自分を「いい子いい子」すると
自分の中の傷ついた子どもの部分も
少しずつ元気になってきました。

免許&お財布を落としたお陰で
またひとつ、もう必要でない気持ちが脱げた感じがしました。


他の災難に関しては、また次回お話したいな〜と思っておりますが、
どうやら、これらの災難も気がつけば
どれも新しい豊かさ そのものだったみたいです♪

*違う専門用語だと「転んでも、ただでは起きない」
 というかもしれませんが(笑)

感謝、感謝☆

全文を読む "(133)災難は新しい豊かさ"
(132)『整体で心地よく過ごそう!』
Posted by ぶち at 2006年11月19日

先週、ぶち家は様々なことがありました。

一番深い出来事に関して、ゆきさんが書いてくれましたので、

そちらをご覧下さい♪

(長い文ですので、僕はまたの機会に書きたいと思います)

僕にとってもすごい学びだったな〜と感じております。


これも偶然ではありませんが、

今月、町田で以下のようなワークショップをします。

これまで考えていた以上に

僕にとっても大切な場になりそうです。


**********************************


『整体で心地よく過ごそう!』

講師:岩渕裕一先生  整体師 「りらくぜーしょんるーむ あーねら主宰

PART2 家庭でできる子どもの手当て法

子どもがすくすくと健康に育っていくことは、
親にとっても大切な願いです。
家庭に身近にあるものを使い、薬に頼らず、
親が簡単に行える手当て法と子どもの健康について学びます。

小さい子どもだけでなく、大人にも応用できます。

●日時 :2006年11月24日(金) 9:30〜11:45

●場所 :町田市民フォーラム3F和室

●定員 :20人      ●参加費 :500円

●保育 :300円 (2歳以上6名まで)


*運動しやすい服装でお越しください。ハンドタオル持参。和室で着替え可。

   10時頃まで、リラックス・ムーブメントの紹介で始めます。


●申込先:島田 tel.&fax.042-734-5824 / 内田tel.042-796-7619

全文を読む "(132)『整体で心地よく過ごそう!』"
(131)月光浴
Posted by ぶち at 2006年11月03日

ぶち家が寝室にしている部屋は和室です。
そこに親子三人で、まさに川の字になって寝てます。

その和室は出窓になっていて、窓と部屋の境に
障子の戸がついています。

このマンションに入った当初は、
なかなか風情があっていい感じ♪と思っていました。


ところがところが、光希が生まれて、
彼が歩き始めるようになってから、その風景が一変しました。

彼はニコッと笑いながら、その障子を破いたり、
穴を開けたり・・・

彼の成長の歴史は、障子がボロボロになっていく歴史でもありました!

(まあ、どこのご家庭でもそうなのでしょうね)


たまに遊びに来る友達にも
みっともなくて見せられないし、

かといって、障子紙を張り替えても、
光希の戦意に火をつけるだけのようだし、

あきらめて、彼のなすがままに任せていました。


今では5段ある障子のうち、
一番上の段の障子紙が残っているのみとなってしまいました!!

隣の家よりも部屋が上にあることもあって、
外からのぞかれる心配はありませんが、
あまりにオープンすぎるし、
これから寒くなってくるので、はてさて?と思っていると、


ここ数日、光希が布団に寝ながら、外を指差すことが多くなりました。

「あれっ?あれっ? お月しゃん!」

最近、「お月さん」という言葉を覚えた彼は、
寝ながらでも見れることがうれしいらしく、
「お月さんが見れるよ!」とぼくやゆきさんに教えてくれます♪


よく違う角度で見てみると、
悪いと思えることでも、案外そうじゃないことって多いです。


うちの部屋も光希が障子を破ってくれたおかげで、
何と寝ながら月が眺められるという
ビップ・ルーム(?)へと変身を遂げたのでありました。

満月の時とか、寝ながら月光浴ができそうであります♪


*たまに光希は間違えて月を指差しながら、
 「お魚しゃん!」と盛り上がっております。

全文を読む "(131)月光浴"
(130)ヒーリング握手
Posted by ぶち at 2006年10月21日

もう10年ほど前のことです。

まだ先生をしていましたが、ヒーリングや自然療法に
とても興味のあった僕は、
自分が住んでいる街で、同じことに興味がある仲間たちとの
サークルをつくろう!と決意しました。

でも、その当時はインターネットもまだ普及してませんでしたし、
(機械オンチの僕だけが普及してなかったのかもしれませんが・・)
なかなか作る手立てがありませんでした。

そこで、今もある「アネモネ」や地域紙で
仲間募集をしてみましたが、
結果、全然集まりませんでした(笑)


唯一、お電話をしてくれた女性がいましたが、
こちらは男性ですし、
しかも折り悪く、風邪で熱が39度もある時に
連絡がありました。

もちろん、熱のこもった(笑)話をしたのですが、
何分、熱で上手くも話せずに
その方ともそれっきりとなってしまいました。

東京ならまだしも一地方都市では、まだまだ
ヒーリングなんて受け入れられてないのかな〜と
その当時は落ち込んでましたね〜。


でも10年経ってみるとどうでしょう。
自分が住んでいる街で仲間たちとサークルを作ろう♪
という夢がもっと大きな形で叶っているのですね。


よくゆきさんと

自分のやりたいことはとりあえずやってみよう♪

それが宇宙の法則と時代に合っているものなら、
すぐに叶うだろうし、

宇宙の法則に合っているものなら、いつか叶うだろうし、
とりあえず、やってみて失うものはないけれど、
得るものは必ずあるのだから。

と話をしていますが、どうやら、
僕が10年前に思ったことが時代にも合ってきたようです♪


さらにいうなら、
このメルマガ、ミクシィの「気ままな天使クラブ♪」、「やさしい時間」も、
その当時の想いが強く残っているようで、
僕の中では仲間づくりというのが大きなテーマです。

皆さんもこのメルマガなど、気ままにご利用して
仲間作りに役立てていただければ、僕もうれしいです♪

全文を読む "(130)ヒーリング握手"
(120)自分の身体を感じる
Posted by ぶち at 2006年10月03日

今の自分の身体を感じてみて下さい。

胃痛を感じる人は
自分の胃を感じるでしょう。

ある事に対して強く責任感を感じる人は、
何となく肩の荷(肩に重み)を感じるかもしれません。


身体がアンバランスな状態だったり、ゆがんでいたり、
心のどこかにストレスがあると
身体のどこかに滞りや痛みなどを感じます。

反対に健康な状態の時って
通常、身体を感じません。
まっさらな雲一つない青空のような感じといっていいでしょう。

心も同じですね♪
キラキラっと、心地よく広がっている感じがします。


心や身体が雲一つない、まっさらな青空の状態になるために
日々、私たちは学んでいる(遊んでいる)といっていいかもしれません。

*そして、そのまっさらな何もない空の中に、
 実はすべてのものが含まれているというのが、
 「色即是空」ということなのでしょう。


でも、ずっと雲一つない青空の状態というのも
何だかつまらないな〜と僕は思ってしまいます。

おそらくこの宇宙にしても
何らかのアンバランス、ストレス、ゆがみがあったからこそ、
星や生命が生まれてきたのでしょう。

*破壊と再生が何度も繰り返されて
 今の宇宙に育っていったのですし。


何となく「空」の状態もたまに体験しつつも、
この生身で日々、喜怒哀楽を経験したいから、
生まれてきたのかな〜と思ってます。

(しかも自分で仕組んだことですから、
自分に必要なことが自分のペースで起きているのでしょう)


うれしい体験や楽しい体験は
すんなり受け入れることができますが、
病気になったり、辛い体験というのは、
なるべくしたくないというのが本音です。

そんなうれしくない体験も、おそらく自分の魂は
もっと気ままになるために経験したいのでしょうね。


アンバランス、ストレス、ゆがみ
普通いい表現では使われませんが、
どれも、どこかにエネルギーが強くかかっている状態です。

その渦中に入る時には、
結構大変かもしれませんが、

そのエネルギーも自分の体験として感謝できた時に、
もっと元気なエネルギーに変換していく♪

そんな気がします。

全文を読む "(120)自分の身体を感じる"
(119)ハーモニー・オン・ザ・プラネット
Posted by ぶち at 2006年09月19日

☆2001年4月ゴールデンウィーク前半

この年のゴールデンウィーク前半、日本のフラワーエッセンス・ファンには
画期的なイベントが行なわれました。

それが『第7回 世界フラワーエッセンス会議』♪

『世界フラワーエッセンス会議』とは、
毎年、世界のどこかの都市に、フラワーエッセンスの作り手や
エッセンスの愛好家たちが一堂に会して、

作り手たちのミニ・ワークや講演・発表を
体験できるというエッセンス・ファンには垂涎のイベントです。


僕もこのイベントの前半部分だけは参加することが出来ました。

できれば最後まで参加したかったのですが、
仕事の都合で全部は無理でした。

特にこのイベントの最後に、世界中から来られた
エッセンスの作り手さんたちが共同で1つのエッセンスを作り
参加者に渡される♪ということで、

僕もそのエッセンスがと〜っても欲しかったわけであります。

☆2001年5月ゴールデンウィーク後半

ゴールデンウィーク後半は、ゆきさんとの結婚をひかえ、
ゆきさんと出合った場所でもある、穂高養生園へ
報告がてら泊りに行きました。

その行きの途中、ある高速のサービスエリアに入りました。
そこにはいくつか駐車スペースが空いていて、
何となく気になった駐車スペースに入ると、

その前の駐車スペースに駐車していた車
(一見、もう発車する感じの車だったのですが)
がエンジンを止めて、その中から男の人が
こちらへ向かってくるではないですか!


よ〜く観ると『フラワーエッセンス会議』にも
参加されていた、以前からのお友だちのAさんでした!

「何という偶然の一致だろう!!」と盛り上がった僕は、
助手席でぽか〜んとしているゆきさんに何の説明もなしに、
ドアを開けて、Aさんとがっしりと感動のハグをしました。

ぎゅーっとハグをしあう男2人を観て、ゆきさんも
きっと結婚の意志が揺らいだことと思います。

そして、Aさんからの最初の一言が、
「君が必要な人だったんだね♪」


どうやらAさんは、最後までイベントに参加して、
最後に作られたフラワーエッセンスを、なぜか余分にもらったそうです。

Aさんはその余分にもらったエッセンスを、
自分のためにではない用い方をしようと、
湖や寺社仏閣にまいたりしたそうです。

それでも余ったエッセンスを必要な人に手渡そうと考えていたら、
イベントに参加したのに、そのエッセンスを手にすることができなかった
僕と偶然、再会してしまったわけであります。

そして、僕は幸運にもそのエッセンスを手にすることができました♪


☆2006年9月10日

前号でゆきさんが書いていましたが、
9・10日の二日間「富士すぴこん」が行なわれ、
ぶち家も10日に何となく遊びに行きました♪

9日には、同時進行で
繁栄を象徴する神さまと、永遠を象徴する神さま、
その2人の姉妹の神さまの再会を取り持つイベントが行なわれました。

そのイベントが行なわれた会場に僕も入ったのですが、
とてもリンとしていて厳かな雰囲気を感じました。

その時に「すぴこん」のリーダーのテディさんから
「富士すぴこん」のお話を聴きましたが、
普段のすぴこん以上にシンクロがすごくあって、
本当に縁のある方が多く参加されているとのことでした。

と、いうことは僕にも何か「富士すぴこん」へ行く必要があったから、
行ったのではないかな〜と、漠然とした想いがふっと出てきました。


その後、「富士すぴこん」へ行きました〜♪ということを
ミクシィの日記でも書かせてもらいましたが、それに対して
いろいろな方から、ご自身の体験や想いのシェアをいただきました。

そうすると、僕なりの見解ですが、

どうやら、「富士すぴこん」における
“2人の姉妹の神さまの再会=統合”だけではなく、

例えば、男神と女神の和合や、人種間の和合など、
これまで分離していた様々なことがらの統合が、

この時期に(エネルギー的に)行なわれていたり、
もうそろそろ行った方がいいですよ♪
というメッセージが強まっているのではないかな〜?
と感じるようになりました。


☆2006年9月17日

毎月、「あーねら」では『スピリチュアル&レイキ交流会』という
小さな交流会を行なっています。

この春くらいからは、交流会で
その季節に体験するといいフラワー・エッセンスを
お渡ししているのですが、

1ヶ月ほど前から、この9月の交流会では、
2001年の「世界フラワーエッセンス会議」で作られたエッセンスを
参加された方に、調合ボトルとして体験してもらおうと考えていました。

実際、このエッセンスはどこかで売られているものではありませんし、
なかなか体験できないとてもレア♪なものなので、
エッセンスがお好きな方にはいいかもしれない!と
気軽に考えていました。


そして今日、雨の中歩きながら、このエッセンスの名前は何だったっけ?と

(それまで忘れていましたから、のん気なものですが・・・)

思い出して、「あ、つながった!」とびっくりしました♪

「世界フラワーエッセンス会議」で作られたエッセンスの名前、

“ハーモニー・オン・ザ・プラネット”

まさにこの地球という惑星の調和をサポートしていくエッセンスです。


どうやら、「富士すぴこん」での統合の流れを
僕もほんの少しですがお手伝いさせていただくみたいです♪

*こちらが交流会の詳細です♪
 毎回、ご縁のある方が参加されている小さな集まりです。

 来週24日と、もうすぐですので、
 気ままにご参加ください。

http://www12.plala.or.jp/anela/s-reiki-koryukai-2006.9.htm

全文を読む "(119)ハーモニー・オン・ザ・プラネット"
(118)宇宙
Posted by ぶち at 2006年09月12日

宇宙の中心に僕はいます。

ただし、あんまりにも宇宙は広いですので、

そのすべてをながめるのは、なかなかむずかしそうです。


だから、お腹がすいている時には、

どうしても、カレーライスやスパゲッティ(しかもクリーム系♪)

夏なら冷やし中華や、うなぎ!! に目が行きます。


さらに甘いものが食べたいな〜と思ったら、

メロンパンにプリン、ショートケーキなどなどに目が行きます。


沖縄に行きたいと思うと、

街を歩いていても、テレビを観ていても、本屋さんに行っても

沖縄についての情報がよく目に、耳に入ってきます。


自分の中に悲しみに溢れている時、

街を歩いていても、テレビを観ていても、本屋さんに行っても

悲しいことについての情報が目や耳に入ってきます。


また、「まぁ〜、世の中 そんなもんだよ。」とつぶやく時、

そんなもんに、世の中が染まっていきます。

物理的に宇宙は1つなのでしょうが、

その中心である私たち一人一人の想いによって

宇宙はまったく違う表情になります。


僕の気持ちが夕暮れになると、

宇宙も夕暮れの表情になります。


僕の気持ちが朝を迎えると、

宇宙も朝日に輝いていきます。


この宇宙はすべてのものがそろっている

何でもありの世界ですが、


この宇宙に存在する、

なるべく多くのものを観たり、楽しみたいと思った時、


自分のハートの灯りを気ままに輝かせることも

大切でしょう。

その輝きが増すほどに、遠くのものが観えるようになります。

その輝きが大きくなるほどに、自分の視野が広がっていきます。

そして宇宙の本来の輝きを観ることができます。

そして、その輝きが自分にあることも♪

全文を読む "(118)宇宙"
(117)気
Posted by ぶち at 2006年09月10日

ご存知のように「気」がつく日本語っていっぱいありますね。

「気がつく」「気のせい」「雰囲気」「気持ち」「〜な気がする」
「気遣い」「空気」「気が置けない」「気に障る」「元気」「勇気」・・・


この“気”は、それこそ「気功」の“気”ですから、
ハワイのマナ、インドのプラーナ同様に
自然界の中を流れているエネルギーのことを指すのでしょう。


また“気”という字は“氣”という字の短縮バージョンですが、
中に“米”という字があるのは、米こそ人間にとって
エネルギーの源ですよ!という日本人の想いの現れ
と言っている人もいます。


*中国では“気”の字の中の“メ”を書かない文字を
 日本語でいう“気”の代わりに用いるようです。
 (「汽」の右側の字ですね♪)


この“気”は人の身体の中にも循環していて、
例えば、流れが悪くなると「病気」になったり、、
その流れが元に戻ると「元気」になると
言われたりもします。


この“気”のつく言葉で僕がよく使うのは、
「気まま」というものです。

もともと、山川ご夫妻のメルマガのタイトル「自由気ままに」が好きで、
山川ご夫妻のようななりたいな〜と思って
よく使っているうちに、大好きな言葉になりました♪


面白いもので、「気ままに」を使えば使うほど
言葉が身体に浸透するようで、
もっと自分が“気ままに”なってきています。


「ありがとう」「感謝します」といった言葉も同じですが、
想えば想うほど、言えば言うほど、
その言葉の持つステキな波動が
自分の中に入ってくるのでしょうね。


さて、そんな感じで今ではとても気ままに(?)
「気ままに」という言葉を使っていますが、

今日暑い中歩いている時に、ふっと
「気まま」ってどんな意味なんだろう?と疑問が湧きました。


「“気”のままに」にということは

“気”=自分のエネルギー、自分というものを創っているエネルギー

ということですから、「本来のあなたのエネルギーのままに行動する」

ということになります。


エネルギーを魂とするならば、

「あなた本来の魂の思うがままに行動する」ということです。


もちろん、自分の“気”だけではなくて、他の人の“気”や

自然界全体の“気”との融通もちゃんとあっての

 (=ワンネスということですね♪)

「気ままに」という言葉は、もしかしたら

僕が思っていた以上に壮大なことを現している言葉ではないか!と

歩きながら盛り上がってしまいました。

まあ、あまりそう考えてしまうと
気ままに使えないかもしれませんが、

そんなことも抱きながら、
もっと気ままになれるように「気ままに」という言葉を
使っていきたいな〜と思っています♪

全文を読む "(117)気"
(116)食べたい時に、食べたいものを
Posted by ぶち at 2006年09月10日

妊娠すると、食べ物の好みが変わるとは
よく聴く話です。

うちのゆきさんも2年前に妊婦さんになった時は
かなり食べ物の好みが変わりました。

以前はカボチャやゴボウなどの根菜類が
必ずといっていいほど食卓に並びました。

いわゆる身体を温めるものを
身体は欲していたようです。

*ちなみに僕は一人暮らしの時には
 玄米肉食&お酒!という、
 まるで半ズボンに厚手のジャンバーを着込んで
 麦わら帽子をかぶっているような食生活でした。


それが妊娠と共に
鶏肉やハンバーグなどまるで小さな子が
好むようなものを急に食べるようになりました。

また、例えばカレーライスを一定期間毎日のように欲して
食べていたかと思うと、
急にカレーライスは食べたくなくなり、
他のものを、また一定期間欲するという感じにもなりました。

これはおそらく妊婦さんになって、頭ではなく本当に身体の要求を
聴けるようになったからだろうな〜と僕は思ってます。


頭では妊婦さんだからカルシウムを摂らなければいけない!
といって美味しいと感じないものを食べるよりも、
カルシウムの含む量は少ないかもしれないけれど、
本当に美味しい♪と味わって食べれるものを
食べた方が、身体の吸収は良いようです。

*ただし白砂糖は考えた方がいいでしょう♪


ちなみに、口に入れることと、
身体がその栄養分を吸収することは違います。

ある人は、半年間ほぼ毎日、驚異的塩分含蓄量を誇る(?)
ラーメンを食べ続けたそうです。
ところが、身体を調べてみると、身体的には塩分不足だったそうです。


1日30品目の食べ物を食べるのが
栄養のバランスを取るのにといい!と言われています。
確かにそうなのでしょうが、
人間以外の動物たち、植物たちは一体どうでしょう。

おそらく1日30品目どころか
人間で言えば偏食ばかりのような気がします。
しかも、それで栄養のバランスを崩している動植物も
それほど多くないような気もするのですが、
いかがでしょう?

反対に犬や猫はお腹の具合が悪くなったりすると、
別に教えられてないのに、
自然に草を食べて、お腹の中の要らないものを出そうとしています。


そう考えると、妊婦さんだけではなく、
すべての人が自分の身体の要求を聴いて
その時に身体も必要♪、食べても本当に美味しい♪
と感じられる食事をしていくことが、
心にも身体にもやさしい食事といえるのかもしれませんね♪

食事の基本は
食べたい時に、食べたいものを、食べたいだけ 食べること です。

季節はそろそろ秋!
美味しいものがどんどん出てきますので、
今から待ち遠しいですね♪

全文を読む "(116)食べたい時に、食べたいものを"
(115)自分らしい輝き
Posted by ぶち at 2006年08月19日

以前、ゆきさんとテレビでフィギュア・スケートの番組を
観ていた時の話です。

ある選手は、まるで神様が後押ししているんじゃないか!
と思うくらいステキで完璧な演技をされていました。
ついつい見とれてしまうくらいの輝くような波動を放ってました。

でも多くの選手は、上手いんだけど
ただ、それだけだな〜という感じ・・・・

きっと努力という面では
共に変わらないくらい頑張っていられるのでしょうが、
この違いは一体何だろうと
色々ゆきさんとも話をしたり、
お友達にも感想をいただいたりしました。

その違いは天性の才能といってもいいでしょうし、
もしかしたら、前世でも
同じようなことをされてきているのかもしれません。

もちろん、人生をトータルで観て
フィギュア・スケートで自分らしい輝きが出せなかったけど、
そのお陰で、他のことで輝きを放てた♪といった
人生の学びをされている方も多いのでしょう。

でも、少なくとも今の人生において、
フィギュア・スケートをすることを選んで
努力しているのなら、

自分らしい輝きが出てこないって、とっても悲しいことじゃないかな?

その輝きを出す方法ってないのかな?

とあれこれ考え中です。


☆気ままなエクササイズ111☆

 “自分らしい輝き”を出すためのいくつかの方法♪
 

1、自分を好きになろう♪

 すべてのことに通じることでしょう。
 このコラムも自分を好きになるには?というのが
 一番ベースにあります。

 100%自分が好き!という状態である必要はありません。
 (120%自分が好き!でもいいのですが・・)
 自分に心地よいペースで、自分の好きなところを
 発見していければいいのでしょう。


2、今の自分にOKサインを出そう♪

 1と似ていますが、
 グラウンディングと言ってもいいでしょう。

 「今の自分ではいけない!早く変わらなくちゃ!」と焦ってしまうと、
 案外回り道になります。

 無限に割れることなく、大きく膨らんでいく風船を
 イメージして下さい。

 (私たちも、命がある限り、この宇宙同様に
    自分のペースで自然に広がっていることを思い出して下さい。)
 
 その風船のある部分は厚ぼったく、なかなか膨らみません。
   (このままじゃいけないと思ってしまうところ) 

 あまりにその場所をやっきになって膨らませようとすると、
 反対にしぼんでいくかもしれません。

 また、ある部分は柔軟でどんどん膨らんでいきます。
   (自分の長所のところ)


 なかなか膨らまないところばかり気にして、
 その場所を膨らませようとするよりも、
 どんどん膨らんでいくところを膨らませていった方が
 スムーズに風船は大きくなりますし、
 それにつられて膨らみづらいところも膨らんでいくでしょう。

 そうやって膨らませていくと、
 きれいな丸にはならないかもしれませんが、
 ある風船はハートの形になるでしょうし、
 ある風船は星の形へと膨らんでいきます。
 
 きっと自分らしい風船になっていくのでしょうね♪


3、自分があこがれている人のまねをどんどんしましょう♪
  (=波動を取り入れよう♪)

 前にも書きましたが、あこがれを抱くというのは、
 自分の中にもその波動があることを示しています。
 その部分を楽しく真似をすることは
 自分の中にあるその波動をもっと大きくしていくことになります。


4、天(宇宙、大いなる存在、神様、真我)とつながりをもちましょう♪

 “天賦の才”という言い方がありますが、
 この大元(ソース)とのアクセスを広げていけば、
 もっと自分らしく生きていくことができるでしょう。

 自分の内側を見つめていく瞑想を行ったり、
 アファメーションを唱えたり、
 自分の身体や心にやさしいことをしてあげたり、
 自分のこだわりやエゴ、
 恐怖や怒りといった感情の部分をほどいてあげることが 
 よりアクセスを広げて、自分らしい輝きを広げるサポートになります。

BY ぶち@りらくぜーしょんるーむAnela(あーねら) 
  http://www12.plala.or.jp/anela/
なまけもの読書会のメルマガ 第120
から転載

全文を読む "(115)自分らしい輝き"
(114)気ままな肩書き
Posted by ぶち at 2006年08月16日

「あーねら」をはじめてから、たまに「先生」と呼んでくれる
クライアントさんがいらっしゃいます。

先生と呼ばれるのは、あまりうれしくはないのですが、
まあ、その前の仕事が中学校の先生でしたので、

「僕は先生とは呼ばれたくありませんので!」と
かたくなに言うこともなしに、

「先生♪」と呼ばれれば、
「へい、へい♪」とお返事しております。


大学4年の夏、
わが母校で教育実習を受けました。

その時、初めて生徒たちから
「先生」と呼ばれ、
この時にはとても舞い上がりました。


舞い上がりつつも、とても窮屈になってしまいました。

先生と呼ばれるからには、
教育実習生とは言え、先生らしくしなければいけない!

では、先生とはどんな振る舞いをしなければならないのだろう?


その頃、生真面目だった
岩渕青年は教育実習の期間、
「先生とはどうあるべきか?」を考え、
悩みながら過ごすこととなったわけであります。


でも、最後の数日間は
とても楽しくなりました♪

もう先生という1つの肩書きは
横にうっちゃって、自分らしくやっちゃおう!
と決めてしまったからです♪

そうしたら肩の力が抜けて、気ままに楽しく過ごせました。

「先生」とはどうあるべきか?という質問は
「幸せ」って一体どういうことか?という質問と同じように、

実態があるようで、実は1つのしっかりした答えが
出てこないものですものね。


特に日本人は肩書きにこだわるところがあると言われています。

きっと今の僕の中にも
いろいろな肩書きがあるのでしょう。


男、だんな、おと〜さん、セラピスト、スピリット・ダンサー(笑)
なまけもの・・・・


「なまけもの」など、気ままに楽しくなれる肩書きはいいと思いますが、
それが気ままでない、どこか自由になれない肩書きだった場合、
意識して、その名札をとっちゃうのも、
いいかもしれないな〜と考えております。

全文を読む "(114)気ままな肩書き"
(113)伝言ゲーム
Posted by ぶち at 2006年08月03日

私たちは自分の意志で生まれてきました♪

それは自分に必要なテーマを自分が選んで、
それを学びながら、よりいっそう光(大いなる存在)に近づくためだそうです。

(そこら辺は、僕もどんなテーマを選んで生まれてきたのか
  よくは覚えていませんので、何とも言えないところですが)


そして、全ての人それぞれが選んだテーマの根底には“愛”
(別に他の言葉で言い換えてもいいのですが)
を学んでいくという大きな流れがあるようです。


*うちの光希はよく部屋にあるものを、僕やゆきさんに渡してくれますが、
 かならず「あい♪」と言って渡してくれます。


この宇宙はとても大きなジグソーパズルと言ってもいいですし、
有機的伝言ゲームの輪と言ってもいいでしょう。
そして、あなたもある意味、太古より大切な構成メンバーでした。

ですから、あなたが居ないと
この巨大なジグソーパズルは完成しませんし、

(今、あなたは いるはずですから このパズルも完璧なんですね♪)

伝言ゲームもあなたがいないと途切れてしまいます。

*僕は覚えが悪いので、伝言ゲームは苦手ですけど!


ということは、あなたがいないと、
この宇宙は成り立っていかないことになります。

*散歩中のワンちゃんも、風に揺れている木も
 えさを運んでいるアリンコさんも大切な構成メンバーですね♪


とはいえ、かつての悲しい経験から
「孤独感」、「孤立感」を味わっている方もいるでしょう。


それも心憎いほどの脚本を書いた自分の魂の
驚くべき演出なんですね。

今、孤独や悲しみを味わっている方は、
無理にそこから抜け出そうとしないで、
それを自分のペースで味わってみて下さい。

じ〜っくり味わっていると、
そのうち「もうそろそろ、いいんじゃない♪」という
内なる声が聴こえてきます。

その時に
ふさぎこんでいた自分のスペースから出てみよう!
というエネルギーに包まれ、

新しい輝きやそれまで以上の深みを伴って“愛”が
変容していくのでしょう。

そして、自分の周りを眺めてみると
自分が宇宙の中心だったことに必ず気がつくでしょう♪

全文を読む "(113)伝言ゲーム"
(112)浜辺の歌
Posted by ぶち at 2006年07月25日

1.あした浜辺を さ迷えば
  昔のことぞ しのばるる
  風の音よ 雲のさまよ
  よする波も かいの色も

2.ゆうべ浜辺を 回(もとお)れば
  昔の人ぞ しのばるる
  寄する波よ かえす波よ
  月の色も 星のかげも

3.疾風(はやち)たちまち 波を吹き
  赤裳(あかも)のすそぞ ぬれひじし
  病(や)みしわれは すでに癒(い)て
  浜辺の真砂(まさご) まなごいまは


上の詩は有名な『浜辺の歌』です。

この詩を僕は、
少々年齢の高い方が昔のことを懐かしく
しみじみと思い出している
そんな詩だと思っていました。


ところが先日、新聞を読んでいると
この『浜辺の歌』は、
その作者が、自分の好きな女性に送った
ラブレターに添えたものだと言うことが書いてありました。

結局、作者はその女性に振られてしまい、
彼の友人の勧めでこの詩を発表することとなり、
その女性は他の方と結婚されたため、
彼女やそのパートナーの迷惑にならないように、
長い間、愛の詩だったという真相は誰にも知らせなかったそうです♪

この『浜辺の歌』を
愛の詩として読むと、また異なった趣が出てきますね。
どのように解釈してもステキな詩だな〜と思います。


言葉は常に言葉足らずというか、
全ての想いが伝わりにくいものです。
それがやっかいな時もあるでしょう。

僕も、もう長い付き合いだからという甘えもあって、
ゆきさんに「あれ、ど〜したっけ?」などなど
主語やら名詞を言わないで話をすることがよくあって、
「何を言っているのか、わからない!」と
注意されることがありますし、


(ぶち)「この間言っていたあれを食べようよ♪」
(ゆき)「うん、今は食べたい気持ち♪」

(ぶち)「じゃ〜、買ってくるね♪」


といった会話で、僕がクリーム入りメロンパンを買ってきたら、
実はゆきさんの「あれ」とは「抹茶アイスクリーム」だった!!

*ノンフィクションではありません


というように
(あまりたとえになっていない気もしますが)
全然違った解釈をして困ってしまうこともあります。


反対に、言葉が言葉足らずのおかげで
人によって様々な解釈をすることができるので、
文章が立派に一人歩きすることもあるんだな〜と感じました。


僕もメルマガやミクシィなどで
ぬったりのったりと文章を書いていますが、

とても好意的に文章を受け止めてくれる方もいて、
お〜!そんなステキな解釈もできるんだ〜♪と、
教えていただくこともあって、ありがたいな〜と思います。

全文を読む "(112)浜辺の歌"
(111)「流れに乗る」
Posted by ぶち at 2006年07月11日

流れに身を任せると、
けっこう楽に生きることができます。


流れができているところへ、身を任せるわけですから、
ひょいひょいと行きやすいですし、
もう一段大きな流れがきても、それにラクラク乗ることができます。

この流れ、自分で作ることもできます。
本当に流れるものなら(=大いなる存在の流れに沿っているなら)、
他の人たちやサポートしてくれるエネルギーもその流れに加わってくれます。

また、「あっ、それ楽しそう♪」と
他の人やグループの流れに乗ってもいいわけですし、
自分と同じ波動の方々から
「どう、乗らない?」とお誘いが来ることもあるわけです。


ですから、お誘いがあったら、
なるべく引き受けた方が自分の人生が進むようになるみたいです。

そのお誘いの内容が、自分のイメージしていたものと違っていたとしても
それがワクワクするものであれば、同じように引き受けると、
気ままな推理小説の主人公になれます。


例えば、自分は絵を描いていくこと中心に仕事をして行きたいと
強く願っていたところ、
自分のなまけもののダンナから、
「次のイベントで瞑想のリードをしてくれない?」と誘われたとします。

絵を描くことと、瞑想のリードをすることはまったく違います。
しかも、瞑想のリードなんて、これまでしたことがありません。

でも、まあ、面白そうだからやっちゃおう!
とやってみたところ、なぜか色々な方から高い評価を受けた♪

(前世でしていたのかもしれませんね♪)

この段階では、絵を描くこととは、まだつながりができていませんが、
イベントで瞑想のリードをしたことによって、
1つ太い流れに乗っていることになります。

もしかしたら、瞑想のリードをした経験が
絵にも現れるかもしれませんし、
その瞑想を受けた方々の中から、絵を描くことのサポートをしてくれる人が
現れる可能性もあります。

この推理小説、いつ答えがわかるかは定かではないのですが、
流れに乗ったことでどう変化したかという答えは
確実に出てくるわけであります。


流れに乗らない時というのも、もちろんあります。
特にワクワクしない時には乗らない方がいいかもしれません。


ただ、おわかりのように
大いなる存在の流れに沿っていて、
その流れが自分の波動に合っていないと、
「乗らない?」というお誘いは決して来ません。

よくまだ準備が整っていないからといって
お誘いにしり込みしてしまうしてしまう人がいます。

でも、準備が不十分というのは、恐れや左脳的な判断であって
ある程度、その人に準備ができたから、
そのお誘いが来たと考える方がスムーズなわけであります。


また、流れだ!と思って乗ってみると
何だか、この流れは違う!という場合も当然あります。

その時は自分の気持ちに正直になって、
その流れから身をはずすことが
もしかしたら、必要な学びだったのかもしれませんし、

「この流れは違う」と感じることで、
より一層、自分がどんな流れに乗りたいかが明確になっていく
よい機会にもなります。


季節的には

春は、いろいろと計画を楽しく立てるのによい季節。
夏は、それを実際に行動に移すとよい季節。
秋は、その行動によって生れた実りを味わうのによい季節

といわれています。

(冬は、寒いのでお休みするのによい季節?)

皆さんも流れに乗って、気ままに行動してみて下さいね♪
(暑いので、くれぐれも自分のペースで)

全文を読む "(111)「流れに乗る」"
(110)やさしい時間
Posted by ぶち at 2006年07月02日

“瓢箪からコマ”という言葉があります。

中に何が入っているかわからない瓢箪。
何となく気になって、近づいてその瓢箪を振ってみると、
面白いものが出てきた!という意味であるなら、

まさに、「第1回 やさしい時間」も、
おかげさまで“瓢箪からコマ”ということが
実に多く起こったイベントでした♪


*ちなみにイベントの様子はこちらへど〜ぞ♪
  http://plaza.rakuten.co.jp/yasashiijikan1/


まず、イベントで使わせていただいた「Studio K」は、
このイベントをサポートしてくれたお友達が
見つけてくれた会場(ライブハウス)で、
借りた当初は、まぁ、そこそこいい感じのところかな〜と思ってましたが、
実は実は、とてもステキなところでした♪

場所も高円寺、しかも駅から近く、
とっても穏やかな雰囲気の会場で、音響設備もしっかりしていて
ゲストのToshi 小島さんも「すごくいいね〜!」と関心しきりでした。

しかも、ゆきさんお手製のチラシを
スタッフの方が大きく伸ばしてポスターにしてくれて、
会場外に何枚も貼っていただき、(スタッフさんのご厚意で)
当日、会場に行くと、「これからイベント、やりますよ〜♪」という
雰囲気をかもし出してくれました。

更に急遽、床に敷くシートも出していただいて、
ライブを寝ながら聴くことができるという、
贅沢なイベントとなりました♪

また、参加していただいた方々が、
はっきり言って、素晴らしかったです!


チャネラーのミカエルさん、「すぴこん」を主催されているテディさん
(テディさんは「第2回 やさしい時間」のゲストさんです♪)をはじめ、

ご自分でもいろいろな会を主催されている方々や、
スピリチュアルなことを深く実践されている方々。
僕の方が、聞き手にまわりたい方々ばかりでした♪

ですので、僕も気取っても仕方ありませんでしたので、
自分がこれまで感じたことや、教えていただいたことを
そのまま、気ままにお話させてもらえました。

そして、そんなステキな方々ばかりでしたので、
急遽、僕の話の流れを変更して、
来ていただいた方同士のシェアリングの時間を多く取らせてもらいましたが、
ライブをのぞくと、これが一番盛り上がった気がします♪


そのためか、イベント終了後も
会場のあちこちで輪ができて、話に花が咲いていました♪

*これも「Studio K」さんのご厚意でありました♪
 また、会場を出た後も一緒にご飯を食べに行かれたり、
 喫茶店でお茶をされたり、神社へ行かれたりした方々もいたそうです。

これまで見ず知らずだった方々が
このイベントをきっかけに、気ままにお友達になったり
交流を持たれるようになるといいな〜とは思っていましたが、
予想以上にこのイベントが交流のきっかけとなったこと、
とてもうれしく思いました。

他にも書ききれないほどの“瓢箪からコマ”現象が起きたのですが、
イベントの翌日、ゆきさんが
「私たちって(主に僕です)、つくづく考えないで行動してるわね。」と
これまでのことを振り返りながら話していました。

僕が先生を辞めた時も、「あーねら」を始めた時も、
この「やさしい時間」を行う時も、
目算なく、ワクワクする方に向かって歩いてきました。

そうすると、様々な方からサポートをいただいて
その度ごとに感謝することを僕は教わっています。
本当にありがたいな〜と感謝しています。

(妻のゆきさんは、“ハラハラ、ワクワク”で申し訳なく思っております)


次の「やさしい時間」は、8月20日(日)に行います。
次はどんな面白いコマが出てくるのか、
今から楽しみです♪

全文を読む "(110)やさしい時間"
(109)過去をふりかえってみると
Posted by ぶち at 2006年06月22日

たまに、ゆきさんは
すごいことをたずねてきます。

(そんな時、けっこう彼女は感傷的だったりするわけですが)


この間も、ふっと

(ゆきさん)

「人って、長く生きてくると、やっぱり悲しいこととか
 辛いこととか、怒ったこととか、
 身体のどこかに染み込んでいたりする
 (=身体が記憶している)わけでしょ?」


(ぶち)

「だからこそ、退行催眠とかも可能なわけだから、
 そうなんだろうね。」


(ゆきさん)

「何か、そう思うと身体のいろんなところに、
 いろんな感情がついていると思うと嫌にならない?」


(ぶち)

「でも、別に嫌な感情ばかりでもないし、
 感情的なエネルギーも、その時、あるいはその後で
 (身体の外へ)出してしまうと、
 身体に記憶は残っているかもしれないけれど、
 感情的なものは残らないんじゃない。」


(ゆきさん)

「そっか〜。」


この時、ゆきさんに、もう1つ説明したことが、
過去の感情は塗り替えることができるということでした。


例えば、Aさんに大失恋したからこそ、
その後、Bさんと出会うことができて、
幸せな家庭を持つことができたとしたなら、

Aさんに大失恋した当初は、
悲しい気持ちや自分に対する過小評価などが
出てくるかもしれませんが、

そのおかげもあって
Bさんと幸せな家庭を持つことができたという風にも
思うことができるわけですね。

もしかしたら、失恋したおかげで、
人にもっとやさしく接することができるようになったとか、
自分勝手でなくなったとか、
自分の中のステキなところが現れることもあるわけであります。


話は飛ぶかもしれませんが、
歴史は常に勝者の視点に立った歴史であったりして、
敗者の歴史は闇に葬り去られてしまうようです。

これは自分の人生という歴史にも
同じことが言えるのかもしれません。


例えば、あなたが「お金持ちになりたい!」
という視点を現在持っているならば、
その視点で、現在並びに過去を見ていたりします。

(まあ、それほどシンプルな話ではありませんが)

そして、その視点が変わってくると、
当然、自分の人生の見方も変化していくのでしょうね。

全文を読む "(109)過去をふりかえってみると"
(108)豊かな流れ
Posted by ぶち at 2006年06月22日

最近だけのことではありませんが、
日常にいろいろと面白いことが起きたり、
なるほどな〜と一人納得するような考えを
誰かからいただいたり、どこからか浮かんだりしています。

ミクシィやHPの日記、メルマガに気ままに書かせてもらってますが、
ややもすると、あとで書くネタがなくなると怖いから
「とっておこうね♪」なんて書かないでおくと、

不思議なことに忘れてしまったりして、結局書かず仕舞に
なることが往々にしてあります。


反対に盛り上がって、後先考えないで
書きまくっていると、それでも追いつかないほど、
書くことが出てきたり、
他の方からのアドバイスもいただいたりすることがよくあります。


これは文章を書くことだけではなくて、
仕事や人間関係などでも同じことが言えそうです。

自分の中にある豊かさを、
他の方にシェアしていくと、どうやらもっと豊かな流れが
自分に流れ込んでくるのでしょう。

もちろん、自分の中にある豊かさというのも
実は他の方(親、兄弟、友人などなど)からいただいたものであったり、
直感という形で大いなる存在(ちょっと大げさ?)から
いただいたものであるとするならば、

「後に取っておこうね♪」というのは
大きな豊かさの流れから、
自分で外れていく、という行為なのかもしれません。


「やさしい時間」というイベントも、
実はもう少し後に取っておこうと思っていたイベントでした。

それをあるお友達から、「やりましょうよ!」と
後押しをしていただいて、
僕自身盛り上がってしまい企画させていただきました。

(盛り上がりついでに、第2回「やさしい時間」の
 会場やゲストさんもお願いしてしまったほどです!)


そうすると、様々な方のサポートをいただいて、
予想もしなかったほど、ステキな流れになってきました♪

この流れ、決してぶち&ゆきだけでは創れなかった流れであります。

本当にありがとうございます♪

全文を読む "(108)豊かな流れ"
(107)新しいエネルギーをいれる
Posted by ぶち at 2006年06月14日

先々週、僕はけっこう外に出る機会が多くありました。

*そのうち2つはご招待されての参加でした。


1、高円寺へイベント「やさしい時間」の会場となるところへ下見。
 更に『月船』さんへ行って、イベントのチラシを置かせてもらいました♪

2、アラン・コーエンさん、中野裕弓さんのイブニング・セミナー。
 これはありがたいことに、ご招待されてうかがうことになりました♪

3、NLP(神経言語プログラミング)のイブニング・セミナー。
 これもご縁があって、主催された統神美優さんからの
 ご招待でうかがうことになりました♪

4、山川ご夫妻が主催されているタロットの勉強会。
 おかげさまで毎月、タロットの勉強をさせていただいております。


あまりに外出が多いので、「全部行くのはどうかな〜?」と
ゆきさんに意見を求めると、

「こういう時は行った方がいいよ♪」と
やさしく背中を押してくれました。

ゆきさんいわく、
こうも外出が多いというのは、
外に出て何か新しいエネルギーをもらいなさいという合図ではないか?
とのこと。


そういえば・・・と、山川亜希子さんも似ていることを
言われていたことを思い出しました。

亜希子さんいわく、
私たちは、いろいろなところへ旅行していますが、
(特に日本人は)
実は知らず知らず、いろいろなエネルギーの流れを換えるために、
行かされていることもあるそうです。


そういうことで、僕も重たい腰(というか身体というか)を
持ち上げて、すべて行かせてもらいましたが、
終わってみると、あることに気がつきました♪


1は、まさに会場の下見と、チラシを置かせてもらいために行ったのですが、
高円寺で電車に乗ったところ、以前カラーパンクチャーを一緒に
お勉強していた方と偶然(必然♪)、お会いして
イベントのチラシを手渡しすることができました♪


2では、内容もとてもステキだったのですが、
きちんとしたイベントの流れや対応を目の当たりにすることができました。


3では、偶然、未来の目標を設定する瞑想をしていただき、
このイベントを長く楽しく行なっていくための
手段を考えることができました。


4では、このイベントのこともきちんとお伝えすることができて、
その後、山川ご夫妻の発行されているメルマガで
亜希子さんがイベントの告知をして下さいました♪

*ご夫妻が参加されていないイベントが告知されたことは
 今まであまりありませんでしたので、本当に感謝です♪♪


後から思うと、すべてイベントのサポートになることで
まさに、このイベントがよりステキなものになるエネルギーを
もらいに、知らず知らず動かされていたことに気がつきました。

どうやら、このイベント、流れに乗っているようです♪

全文を読む "(107)新しいエネルギーをいれる"
(106)ワンネス
Posted by ぶち at 2006年06月06日

よくお芝居などで、寂しがり屋さんのセリフとして、
「どうせ、一人で生まれてきて、いつか一人で死ぬんだから・・・」
というものがあります。


でも、どうやら、生まれてくる時も
同じグループの魂さんや天使さんに、
「じゃ〜、楽しんでおいで♪」
なんて声をかけられて、この世に生まれてきたり、

帰っていく時も、
同じグループの魂さんや、その人生でお世話になった家族、
そして、天使さん総出で迎えられて、
「お楽しみ様♪ ど〜だった?」
なんて声をかけられているかもしれません。


最近、わが子光希(1歳5ヶ月)の我が出てきて、
意に反することをすると、
エビゾリになって大泣きしながら、「やだ〜!」と反抗をします。

昨日の夜も、ゆきさんにおんぶヒモでおんぶされて
散歩に行きたい!と主張。
少々疲れ気味のゆきさんに
「また、明日行こうね♪」と言われて、エビゾリで大泣きしていました。

そこで、僕が抱っこして外へ出かけたのですが、
それでは不満のようで、
僕の腕の中で、まるでドジョウのように大泣きしながら
ジタバタしていました。

僕が「困ったな〜」と思っていると、
偶然、犬の散歩で通りかかった方が
「あ〜ら、エンエンしてるの?ほ〜ら、わんちゃんよ〜♪」と
連れていた可愛い犬(ブルちゃんでした)を抱き上げて、
光希に見せてくれました。

光希は「なんだ〜?」という顔で泣き止み、
その後は、まるで何もなかったように機嫌を取り戻してくれました。


帰ってから、その話をゆきさんにすると、
「そ〜なのよ。外で光希が大泣きしていると、
 決まって誰かが寄ってきてくれて助けてくれるの♪」
と教えてくれました。


光希の件だけでなく、困ったな〜と思っていると
必ずサポートの手が差し伸べられるわけで、

そう考えると、

人は一人で生まれてきたわけでも、
一人で人生を歩んでいるわけでも、
一人で帰っていくわけでもないのでしょうね。


さらに考えるなら、
何かをする時に、一人でがんばったりするよりも、
協力してくれる人にお願いしたりして、
お互いに補い合いながら、
それぞれの長所を生かしていく方向で動いた方が
よりスムーズに、より楽しく、より気ままに動けるのでしょう♪

全文を読む "(106)ワンネス"
(105)過去から学ぶ
Posted by ぶち at 2006年05月29日

自分から出てくる、いわゆるネガティブな感情から
自分を解放したいな〜と思う時、
過去を見つめていくことは、
大切な作業の1つだと思います。


例えば、「怒り」という感情が出てくるのは
どんな場面が多いのか?
それを思い出してみると、
いくつかの類型したパターンになった時に
自分が怒りを感じていることに気がつきます。

さらに過去を掘り下げていくと、
往々にしてあるのは、親との関係で、
その怒りのパターンが築かれていたということ。

そうすると、自分と親との過去の関係についての
癒しのワークをしていくことが必要になることもあるでしょう。


僕の場合、最近発見した自分が怒りを感じる場面というのは、
どうやら「自分がわかってもらえない」
というパターンになった時が多いということです。

例えば、メルマガの文章を書いている時も
ゆきさんは、「今日出たエンジェル・カードはね〜・・。」とか、
「今、光希が可愛く踊っているから、見てあげて♪」など、
いろいろなことを気ままに話しかけてくれます。

僕はけっこう真剣に書いているのに、
ど〜してわかってくれないかな〜?と、心の中に青筋が少し入ります(笑)


この「自分がわかってもらえない」という怒りのパターンの元は
どこまで遡ればいいのだろうと、
さらに昔を振り返ってみると、僕の場合、
やはり親との関係に行き着くわけであり、

(今生だけが原因ではない時もあるでしょうが)

そこで、イメージワークとして
自分が親の立場になってみたり、
幼い頃の自分の気持ちを聴いてあげたり・・・など
様々なワークを選んで、自分への癒しを行なっていくことができます。


さて、さて。
過去から学ぶことはとても大切です。

ただし、自分の中にある感情的な問題が
ある程度クリアになるまで、先に進めないということになると、
自分のあら探しゲームにもなりかねません。

一番大切なのはご存知のとおり“今”です。
過去も未来も、“今”を大切に生きるための体験や想像でしかありません。

僕もできるだけ、“今”を楽しく気ままに生きていくための
ワークに現在取り組み中であります♪

全文を読む "(105)過去から学ぶ"
(104)レイキ
Posted by ぶち at 2006年05月24日

スピリチュアルなことに
僕が感心が向くようになったのは、
思えば30歳前後のことでした。

その当時の仕事が忙しく、
はたまた、今のまま人生を過ごしていって
いいのだろうか?と思い悩み、
そして心身ともに疲れ果て仕事場で倒れる・・・

そんな休職中に、母親がとある婦人雑誌で見つけた
長野にある穂高養生園に、初めてなのに何と10泊もして
色々な方との出会い、徐々に人生観が変わり、
西洋医学にはない療法やスピリチュアルな考え方に
出会っていったわけです。


「今を楽しく生きること」
スピリチュアルな考え方がいいな〜と
思ったのは、他にも色々ありますが、
まあ、これが本当に大切なことなんだろうな〜と考えます。

“今”という“日常生活”と自分自身を
もっと本質的に見ていこうよ♪ということですね。

だから、スピリチュアルなことって
皆さんおっしゃられるように、
特別な時(例えば何かのセミナーに参加した時など)ではなく
日常生活に息づくものなんだろうな〜と思います。


「今日だけは 怒るな
 心配すな 感謝して業にはけめ
 人に親切に」

これはレイキの創始者、臼井甕男(みかお)さんの作られた
『五戒』という文です。

この文章をヒーリングを行なう時や
朝夕に合掌して唱えると、
幸福が訪れるし、すべての病気にも良いですよと
臼井さんが仰られています。

はじめて、この文章を読んだ時には、
シンプルすぎて、
世界中でもっともよく知られているヒーリングの1つである
レイキという深遠なヒーリングに比べて、
何だかどこかの標語みたいだな〜とちょっとバカにしていました。


ところが、レイキの勉強を進めていくうちに、
どうやら臼井さんがレイキを広めたかった本当に理由が、
単純に自然療法としてではなく、
一人一人の幸せ、ひいては人類全体の幸せに近づくことにあったと
理解していくようになりました♪

そうすると次第に先ほどの「五戒」というのが
やはり“今”に焦点を合わせ、自分自身を感じてみましょうよ♪
というメッセージであり、
レイキ・ヒーリングと同様に、
シンプルかつ深遠なすばらしい文章だな〜と
感じられるようになりました。


僕も今まで130人以上の方々にレイキをお伝えしてきましたが、
単にハンド・ヒーリング・テクニック
としてのレイキではなく、

生き方としてのレイキを
お伝えできるようになっていきたいな〜と思っております♪

全文を読む "(104)レイキ"
(103)観念をはずす
Posted by ぶち at 2006年05月06日

暗い部屋で目を閉じると
目の前は真っ暗です。

それって当然のことなのですが、
でも、更によ〜く見てみて下さい。
ぼわ〜っと見てみて下さい。

その真っ暗さの中に、とても細かい粒子のような光が
広がっていないでしょうか。

まるで宇宙の端っこから、遠く遠く離れた
星雲を眺めているような光の粒子が見えないでしょうか。


また、晴れた日に自然の多いところで
ぼ〜っと空を眺めてみて下さい。

やはり、空中にチリチリっとしたような
光の粒がちらちらと浮かんでいるのが見えないでしょうか。


*飛蚊症とは違います♪
 おそらく、ユングさんのお弟子さんの一人、
 ライヒさんが呼んでいたオルゴンエネルギーというものが
 これなのでしょうね。

その空中の光をぼやっと見ていると
まるで自分が光の中にいるような感覚になる時があります♪


だから、なかなか都会では経験できませんが、
本当に真っ暗な中に自分がいたら、
その中で一体何が見えるのか、それともやっぱり何も見えないのか、
いつか体験したいな〜と思っています。

もし、そんな状態で暗闇を見ても、
目を閉じた時と同じような光の粒子だとか、
空中に浮かぶオルゴン・エネルギーの様な光がちらちら見えたとしたら、

普段は気づかないかもしれませんが、
私たちはいつでも光の世界に住んでいることになりますね♪


私たちは、それはこうでしょ♪、あれは当然あ〜でしょ♪
という固定された観念を身にまとっているところがありますが、
ちょっと、その観念をはずすだけで、
案外、もっと広い世界が、
実はすぐ隣にあったりするかもしれません。

全文を読む "(103)観念をはずす"
(102)「型」
Posted by ぶち at 2006年04月29日

先日、お客さんと話していて、
出てきたのが、『型』について。

『型』というと“型にはまる”のように
窮屈で、面白くないイメージを以前持っていました。


でも最近、特に整体を学んでからは、
『型』というのは、多くの先人たちが
「あ〜じゃない、こ〜じゃない」と研究を重ねた末に
作られていった、この時点における
最も洗練された合理的なスタイルだな〜と
思うようになってきました。

*もちろん、なぜ、その型ができたのかという
 ところまでわからないといわゆる「画龍点睛を欠く」
 という状態になってしまうのでしょうが。


先日、テレビで有名な料理人が20年以上
試行錯誤してできた料理を、5時間でマスターできるか?
という実験をしてました。
結果は、きちんとその料理人のレシピ通りに作ることで
マスターできていました。
これも1つの『型』を覚えるということなのでしょうね。


これも昔からある言葉ですが、

『守』・『破』・『離』

というものがあります。


これは何かを学ぶ時の順序を表す言葉です。

『守』は、指導者の教えをきちんとその通りに学ぶ時期。
先ほどの『型』を学ぶ時期といっても良いでしょう。
「学ぶ」は“真似る”から来ているといいますが、
まさに学ぶ時期ですね。

『破』は、指導者の教えを破って、他の方法も模索する時期。
これは自分のベースができているからこそ、
ブレないでできるわけですね。

『離』は指導者から離れ、自分なりの方法を確立する時期。
いわゆる自分のオリジナリティを確立する時期であります。


ピカソさんは、その時代時代で絵の表現が
とても変化され、オリジナリティにあふれていますが、
ご存知の通り、初期の作品はとても写実的な
いわゆる上手な絵でした。
まさに『守』・『破』・『離』を地で行っている感じですね。


そう考えると、何かを学ぶ時に
『型』をきちんと学ぶことが、
実は手っ取り早くて合理的な方法であり、
しかも自分の色(オリジナリティ)が
上手に出せるようになる秘訣なのかもしれませんね。

神社のお祓いなども、
昔から続く1つのヒーリングのスタイルですから、
最近、興味を持つようになっています。

ぶち家からそれほど遠くないところにある寒川神社。
毎年行っては
古くからの洗練したお祓いの「型」に
ゆきさんと共にしゃんとしてしまうのであります。

全文を読む "(102)「型」"
(101)『 我 唯 足るを 知る 』
Posted by ぶち at 2006年04月29日

「聖なる予言」シリーズは、もうお読みになったでしょうか。

僕は1冊の本を何度も読む方ではありませんが、
このシリーズに関しては、
数年に1回、なぜか読みたくなってしまいます。

そして、その都度、新しい発見をします。
つまり、とてもステキな本だということですね♪


このシリーズは、ご存知の通り、
幾多の苦難の末に、知恵をマスターした人に出会い、
主人公が、スピリチュアルな成長をしていくという内容です。


最近、読み返したのですが、
しみじみ、いいな〜と思うキャラクターは、
主人公でも、知恵をマスターしている人たちでもなく、
主人公をマスターに導く、いわゆる名脇役たちの存在です。

どの本でも大体、
知恵のある準備段階までを主人公に教え、
そこから先は、マスターに教えを請いなさいと
道先案内人の役目をするキャラクターがいます。


以前の僕は、そんなキャラクターたちを
歯がゆく感じていました。


どうして自分が、その知恵をマスターしないのだろう?

よく主人公に

「わたしはここまでのことは知っているが、
 それ以上はマスターのところへ行きなさい。」

と言っているけど、
自分はどうして、もっと上の知恵を得ようとしないのだろう?


それが最近は、けっこう彼らはシブイ存在かもしれない♪
と思うようになりました。


きっと彼らも主人公と同じように
もっと先の知恵を目指してはいるのでしょうが、

それと共に、
自分が何を知っているのかを知っている存在なのでしょう。

自分の知っているところまでを主人公に手渡し、
そして、マスターへと導いていく彼らは、
まさに『 我 唯 足るを 知る 』存在だな〜♪と
感じるようになりました。


私たちは、様々な人間関係の中で生きています。

すべてのことを自分の力で行なうことは無理なことですし、
それぞれ手助けあって、共により豊かな生き方を
目指しているのでしょう。


その中で自分が、

今の時点で何をどの位できるのか。

あること(例え、とても関心が高いことでも)に関して自分よりも、
優れている人がいるかどうかを知り、
それをきちんと認められるか
(他の人にも勧められるか)は、

*これを認められないと、
 すべて自分で抱え込むことになりますので、

実は気ままに生きていくには
大切なことなのかもしれません。

全文を読む "(101)『 我 唯 足るを 知る 』"
(100)コントロール
Posted by ぶち at 2006年04月29日

春分の日くらいから、ゆきさんが荒れてます。

といっても朝だけなのですが、
僕が起きても、口をあまり聞いてくれません。

大体、僕は夜が遅い方(と言っても12時くらいには寝てるのですが)で、
起きるのが8時過ぎです。

ゆきさんは、朝早く起きないと
光希のご飯の支度や、遊び相手になってあげられないので
6時過ぎには目を覚ましているようです。

朝眠い中で、いろいろと忙しいのに、
その横でぐ〜ぐ〜と寝ているので、やはりムッときてしまうのか、

それとも気圧の関係か、はたまた占星術的な変動の時期だからなのか、
とにかく、む〜っとしてます。

何日かは、それもまた仕方なかろうと思ってましたが、
そろそろ、こちらもム〜ッとしてきています。


9時をすぎると、光希がそろそろ外へ出たがりますので、
僕かゆきさんが、光希を連れて散歩に行くのですが、

出て行くときも、この頃はそんな感じなので、
「行ってきます。」もお互い言わないくらいです。


昨日も朝、光希を連れて、散歩をしていましたが、
はじめのうちは、ムカムカしてました。

でも歩いているうちに、いろいろ考えが出てきます♪


これって、一体どんなメッセージなんだろう?

ゆきさんの怒りはどこから来ているのだろう?

どうして、僕も怒っているんだろう?

どうしたら、これを笑いに転換できるのだろう?

すべてのことに感謝できるとしたら、
この出来事のどこに感謝できるのだろう?


例えば、
どちらかというと、親との関係性から
僕は怒るのがへたです。
自分の中にある怒りを自分の中に閉じ込めてしまう傾向があります。

とするならば、ゆきさんが僕に怒りを投げかけてくれることで、
自分の中に出てきた怒りを、上手に表現する
手助けをしてくれているとも言えます。


例えば、
戦争なんて、大体はお互いの
「こっちが正しい!」という正義感やコントロールから
はじまることが多いのですが、
夫婦喧嘩なんていうのも、ミニマムサイズの戦争なのかもしれません。

ということは、僕たちはミニマムサイズの平和を
今、模索中なのかもしれません。


そんな風に、歩きながら考えていたら、
毎日、深いワークをお互いにしているんだな〜と
しみじみしてしまいます。


そして、家に戻ると、
台所で、コンコンコンと何かをまな板の上で切っている音と共に
「お帰り〜♪」という、
ゆきさんの弾んだ声が聞こえてくるのであります。

全文を読む "(100)コントロール"
(99)ありのままの自分
Posted by ぶち at 2006年04月29日

基本的に僕は楽しいことを選択して
この人生を生きていこうと思っています。

例えば、以前は中学校の先生をしていましたが、
もっと自立的に、楽しく生きていきたいな〜と思い、
今のお仕事をするようになりました。

でも、そのために妻であるゆきさんには、
以前のお仕事の時とは異なる大変さが出てきたり、
ある意味、自分はわがままだな〜と思っています。

(ゆきさんに感謝♪です)

まあ、せっかくの人生ですから、
これからも、わがままに生きていきたいな♪と思っています。

わがままって、
我がまま=ありのままの自分でいることですから、

本当のわがままな生き方って、
案外スピリチュアルな生き方なのかもしれませんね♪


実は結婚披露パーティーを(ゆきさんとのですよ)、
お互いの地元ではなく、東京のクレヨン・ハウスという
自然食のおいしいレストランで行いました。


なぜなら、二人ともせっかくパーティーをするのだったら、
ご飯のおいしいところでしたい!
というわがままな理由からです。

(遠くから来てくれる友人たちの大変さは頭に入ってませんでした!)

で、自分たちで場所の予約をしたら、
それを聞きつけた僕の友人たちが、
お前じゃ心配だからと
パーティーの招待状を送るところから
当日の進行役から、
ほとんどすべてやってくれました。

自分たちで勝手に決めたことなのに、
それを手伝ってくれるなんて、
本当にありがたくて、今でも友人たちには感謝してます♪


今の仕事に就いてからも、
山川ご夫妻をはじめ、本当にいろいろな方からのサポートが
自分でも不思議なくらい、
毎日のように来てくれています。

こんなにわがままに生きているのに、
どうして、多くの方々がサポートしてくれるのだろうと思うと
とてもとても感謝なのであります。


普通はわがままな生き方って、
他の人から煙たがられる生き方のように言われてますが、

本当のわがままな生き方って、
実は多くの人に感謝できる
ステキな生き方なのかもしれないな〜と感じる今日この頃であります。

全文を読む "(99)ありのままの自分"
(98)ステキなヒーリング♪
Posted by ぶち at 2006年03月21日

僕がまだ、歩けもしなかった頃のことです。
ある親戚の家に家族で遊びに行った時に、
多くの人に抱っこされて、
とても幸福だったということを覚えています。

僕を抱っこしてくれた人はみんな笑っていて、
大きな両手で、僕の全身を抱えてくれる。
大袈裟かもしれませんが、
まさに無償の愛のようなものを僕は感じていました。


そんな思い出があるからか、(まあ、なくても同じでしょうが)
僕は光希を抱っこするのが大好きです。

(よく、「いや!」と言われてしまいますが)

べた〜っと身を任せてくれる時は、
チャクラの共振もあるのでしょう、
とても熱くなったりします。
そして、彼の背中をなでてあげると(彼のエネルギー的な羽根も一緒に)、
更に、べた〜っとしてくれます。

(お互いに、“でへへ”状態です)


余談ですが、
赤ちゃんが心身ともに満ち足りているかどうかは、
抱っこすると、ある程度わかります。

体重の増減とは違うレベルなのですが、
満ち足りていると、ぐっと重く感じます。
反対に、どこか(特に頭)を強くぶつけた時や、
精神的に満ち足りていない時は、
とても軽く感じます。

ですから、抱っこして寝かせる時には、
どんなに眠ったような顔をしていても、ぐっと重くなるまでは
抱っこして、トントンしています。

本当はお風呂から上がるのも、
ぐっと重くなった、その瞬間にでるのがいいのですが、
いろいろと難しいですね。

ですから、
仕事で夜になって、ようやく光希のお相手をする時に、
抱っこして、重く感じる時には、
あ〜、今日も楽しんでいたんだな〜と、
僕は“うれし、ありがたし状態”になります。


赤ちゃんも抱っこが好きなように、
大人も実は抱きしめられると(ハグですね♪)
とても心地よくお互いの波動が高まっていきます。

肉体的にも安心感を覚えますが、
ハートも暖かくなります。
そして、心地よいハグの後に目をそっと開けると
まわりがとても新鮮に見えることも多いです。

そんな心地良いハグの後は、
大人でも赤ちゃんと同じように重くなるのでしょうね。

日本ではハグの文化があまりありませんので、

はじめはセクシャルなものと勘違いをしたり、
戸惑ってしまったりしますが、
慣れてくると、シンプルだけど、あったかくて
とてもステキなヒーリング♪だな〜と思います。

全文を読む "(98)ステキなヒーリング♪"
(97)ありのままの自分
Posted by ぶち at 2006年03月13日

以前、養生園という宿でスタッフとして
働いていた女の子の話です。

彼女はとても働き者で、
しかも「いつでも笑顔♪」といった感じで、誰にでも愛想がよく、
訪れるお客さんみんなから、愛される存在でした。

でも実は、
過食の問題を抱えていたり、
家族との関係など悩みも多かったそうで、
他のスタッフもかなり彼女へのサポートをしていたみたいでした。

そんな彼女もいつしか、
養生園を卒業して、どこかへ行ってしまいました。


それから数年経って、
僕が養生園に泊っている時に、
偶然、彼女に出会いました。

お客さんとして来た彼女に
以前の「いつでも笑顔♪」はなく、

楽しければ笑うけれど、
とてもとても「ありのままの自分」といった感じでした。

少し彼女と話ができたのですが、

以前は誰からも好かれようとして、
でも思い通りには、当然ならず落ち込んだり、
心も身体も疲れてしまったそうです。

でも今は別にみんなから好かれたいと思わないし、
笑いたい時に笑って、泣きたい時に泣ける、
そんな楽な生き方ができるようになったと、
彼女はうれしそうでした♪


私たちは、人から感謝されることが大切だと、
教わってきました。

「ありがとう♪」と他の人から言われるのは
もちろん、うれしいことですね。


でも、例えば僕が、
妻のゆきさんに喜ばれたい♪と思って無理をして
我が子光希をお散歩に連れて行ったのに、
それに対して、ゆきさんが何も感謝してくれないと、

「ありがとうも何も言ってくれない!」

(もちろん、いつも「ありがとう」と感謝してくれてますよ♪)

と怒りを感じてしまうでしょう。
でも、それは何か本末転倒ですね。


エネルギー的には、
僕とゆきさんの間でエネルギーの交流があって、
より波動が高まっていくのではなく、

自分のエネルギーが、ゆきさんに奪われ(しかも自分勝手に)、
消耗されていくように感じるでしょう。


ですから、僕も緊急措置(笑)の時以外は
光希と一緒にお散歩がしたいな〜と思う時に、
お散歩に行くようにして、
彼との時間を楽しんでます♪


「ありがとう♪」と
感謝したり、感謝されたりの毎日です。

でも誰かに感謝されたいと思って行動するのではなく、
自分がそうしたいからしてる♪という
主体性は持っていたいな〜と思います。


*これがないと、もしかしたら「犠牲者」的傾向に
 陥ってしまうかもしれません。

全文を読む "(97)ありのままの自分"
(96)光のこども
Posted by ぶち at 2006年03月05日

「世界の中心にあなたがいます。
 そしてすべての光があなたにそそがれています。

 その光を訪れた人に
 ちょっとそそいであげるだけでいいのでしょう。」

先月25日にスピコンが開催されました。
とても盛大なイベントになったようで、
僕もうれしく思います。

その日は「あーねら」でもイベントがあり、
残念ながら行くことができませんでしたが、
僕のお友達が多く参加されていました。

*「あーねら」の2周年記念イベントも
 主催者がいうのも何ですが、
 山川亜希子さんのお話、風鈴ライブと
 ひじょ〜によかったですよ♪
 何しろ、僕が一番楽しんでいました!


その中のおひとりSさんは
以前、タロットでもスピコンに参加されたことが
ありますが、今回は違うヒーリングの形で
今回すぴこんでヒーラーデビューされました♪


Sさんは以前から親しくさせていただいている
間柄でしたが、
今回ヒーラーデビューされるということで、

僕の中に親心(?)のようなものが勝手に出てきてしまい
自分のイベント以上に、
大丈夫かな〜と心配してました。

そのSさんに、その前日24日に
「すぴこん楽しんで来て下さい」とメールを
書いている途中で出てきたのが上の文章です。


誰もがこの世界、この宇宙の中心にいます。
そして誰もが望んだ分だけ、
もっと言えば望まなくても、
この宇宙から光がそそがれます。

*私たち一人一人は、光の子どもとも言えます。

ですから抽象的かもしれませんが、
宇宙からいただいた光をそのまま

来てくれたお客さまや家族、お友達へ
ちょっとそそがせてもらうのが、
ヒーリングなのかもしれません。


どうやって、そそぐのかというと
ちょっと心を向けさせてもらう、
ちょっと手を当てさせてもらう、
それだけでも充分なのかもしれません。


Sさんへ、この文章も送っていいのかどうか迷いましたが、
まあ、出てきちゃったんだから、
しょうがないな〜と思い、
お送りさせていただきました。

全文を読む "(96)光のこども"
(95)直観風見鶏ゲーム
Posted by ぶち at 2006年02月19日

小さい頃の夢は何でしたか?


僕はプロ野球の選手になるのが夢でした。
でも、高校生くらいであきらめました。
段々自分の力量もわかってきたからでしょうか?

その次にあこがれたのは、シンガーソングライター♪
(これはまだ、あきらめていないところもあります)

今は歌って踊れるヒーリング・セラピストでしょうか?(笑)
本も書きたいな〜と思っていますし、
あれこれしたいことがいっぱいある今日この頃であります。


「自分の本当の夢、やりたいことがみつからないのです。」
と、よく相談を受けることがあります。
大体、とても真面目な方で、とても真剣なんです。

そんな時は、

「無理に見つけることもありませんし、
 それよりも何となく楽しい方に顔を向けたり、
 ぶらぶらと楽しそうに思うところに行ってみたり、
 本屋さんで何となく気になる本を立ち読みしたりするといいですよ。」

とお答えしていますが、
恋人を作るのと一緒で、あまり構えない方が良いのかもしれません。
 
案外、「恋人を作る!」とか「夢を見つける!」とか
そんな想いを手放した時に、向こうからやって来るような気がします。


また、もしかしたら、
「本当の夢」だとか「人生の目標」という
言葉に縛られている人もいるのかもしれません。

それは、「失敗を恐れる」ところから来ているものでしょうが、

自分の一生というスパンで見ると、
その時は「失敗した〜!」と思っても、
次の段階では、その失敗の経験があったから、
上手くいったということって、往々にしてあります。
ですから、失敗なんていう経験は、実はないであります


もちろん、一生の夢や一生の目標を持った人生を過ごされる方もいますが、
それって、「振り返ってみたら一生追いかけていた!」
みたいな感じなのではないでしょうか。


もし、何となく気になるもの、楽しそうなものがあったら、
とりあえずやってみる。
それが何となく“ご馳走様気分”になったら、
とりあえず離れてみる。
で、動きたくない時にはゆっくりしてみる。

そんな感じで、気ままに動いてみるのはいかがでしょうか?
動いてみると、自分のエネルギーも変わってきます♪

例え小さな波でも、一度動けば、
その波は新しい波を作り、
やがては大きな波へと変わっていくこともあるのですから。

(波がなくなったら、次の風が吹くまで待っていればいいわけですし)

全文を読む "(95)直観風見鶏ゲーム"
(94)羨ましいと思った時は
Posted by ぶち at 2006年02月14日

他の人をうらやましいな〜と思うことがあります。

「自分があんな風になれたらいいのに・・・」とか
「あの人、とても輝いていて、自分らしく生きてていいな〜」等など

以前、そんな風にいつも感じてしまい、
ついつい落ち込んでしまう、というご相談をされた方がいました。


顔や骨組みに関しては、
例えば、僕がジャニーズ系になることは、
整形でもしない限り無理な話です。

ひまわりはバラの花を咲かせることは、なかなかできません。
ひまわりの花をステキに咲かせれば良いわけです。

20代の頃は、この顔、何とかならないものかな〜と
思ったこともありましたが、
今はなかなかに味がある顔(?)だと思っています。

まあ、のんびりとクマさん波動みたいなものを
自分らしく出していければと思ってます。


さて、相談された方の悩みは、他の人をうらやんで
落ち込んでしまうということでした。

どうやら他の人をうらやましく思うことが
いけないと感じられているようです。

でも、人をうらやましく思うって、
誰にでもよくあることだし、自然なことではないでしょうか。

そのうらやむ気持ちが、自分を活性化するエネルギーにも
なりますし、自分を広げてくることにもなります。


ただ、「あの人はステキに生きているのに、
それに引き換え僕は・・・」と落ち込むのはもったいない話でしょう。

私たちは、とても深いところでは皆、つながっています。
いわゆるワンネスという状態です。

そして、ある人をうらやむということは、
自分の中にも同じ波動が強くあることを意味していると思います。
だからこそ、その人に注目がいくのでしょう。

その時に、自分にはできないと落ち込んでしまうと、
それだけで可能性を妨げる壁を、
自分で作ってしまうことになります。
これはもったいないです。


ある人をうらやましく感じたら、
「○○さん、ステキだな〜。僕もあんな風になりたいな〜♪」と
純粋にうらやましく思って、
その人の波動を心地よく受け取りましょう。

そして、その人を応援しましょう。

根っ子の部分で私たちはつながっていますから、
その人を応援することは、
自分を応援すること(=自分にエネルギーをそそぐこと)になります。
そして、何より心地よいですよ。

全文を読む "(94)羨ましいと思った時は"
(93)光の羽根
Posted by ぶち at 2006年02月07日

19,20歳位の頃、
今考えるととてもかわいらしい理由で荒れていました。

荒れたといっても、別にヤンキーさんとか、
ならずものさんになったとかではなくて、
髪やひげを伸ばしたり
記憶を失うくらい飲んでいただけなのですが。

その理由も、
失恋の積み重ねによるショックによる自己喪失感と共に、
「本当の愛とは何か!」と真面目なことを
インインメツメツと考えていただけのことですが、
その時の僕にはなかなかの問題だったみたいです。


そんな頃に
友達と一緒に車の免許を取ろうと
浜名湖に3週間くらい合宿に行きました。

合宿所には
高校生から25歳くらいまで、いろいろな人がいて、
年齢もだいたい同じということもあって、みんなとも仲良くなり、
夜な夜な飲んだりして盛り上がっていました。


ある晩の飲み会でも飲み過ぎて、
記憶を失ってしまいましたが、
次の日、同じ合宿所にいた高校生ヤンキー兄ちゃん2名に会うと
様子がどことなくいつもと違う感じでした。

それまでは、「なんだ!おりゃ、おりゃ!」と
年上の僕たちにも粋がっていたのに、
僕に対してとても低姿勢で、
「昨日はありがとうございました。」とのこと。

彼らになんかしちゃったのかな〜?と
一緒に行った友達に尋ねると、

どうやら、酔っ払った勢いで
彼らに説教をしてしまい、

更に盛り上がって、
「最終的には、僕は空を飛びたいんだ〜!」と叫びながら、
窓から(部屋は4階でした)飛び降りようとして、
みんながそれを止めさせようとして大変だったとのことでした。

それでびびってしまったようで、それ以来ヤンキー兄ちゃんたちは
僕には優しく接してくれるようになりました。


さて、ようやく本題であります・・・

もしかしたら、私たちは心の奥に
空を自由に飛びたいという願望があるのかもしれません。

もしくは、実は以前、空を飛んでいた時代(人間としてかは別ですか)が
あったのかもしれません。


ご存知のように、
私たちの肉体を囲むようにオーラは広がっています。

本質的に言えば、私たちのオーラというエネルギー体があって、
その中に肉体が形作られているという方が、真実に近いかもしれません。

僕も場所によって、また人によってですが、
肉体から30センチくらいのところまでのオーラを
見ることができます。

(今のところヒーリングに利用できるほどではありませんので
 あまり関係のない程度なのであります)


先日、家の寝室の薄暗いところで
ゆきさんと光希と一緒に遊んでいた時に、

光希の背中に光の羽根のようなものが広がっているのを
観ることができました♪
(ゆきさんにも同じように見えたとのことです)

光希のオーラはよくわかるので
よくうっとりして眺めているのですが、
羽根を観たのは初めてでした。


ヒーリング系の本の中に
オーラの説明図が載っていることはあるのですが、
(エネルギー体の)羽根の説明は見たことありません。

もしかしたら、それはオーラとは異なる
次元のものなのかもしれませんし、
赤ちゃんだから、羽根もまだ見えているのかもしれません。


他の赤ちゃんの羽根はまだ見たことがないので、
何とも言えませんが、
もしかしたら、人間に成りたての赤ちゃんの時には
エネルギー体としての羽根をみんな持っているのかもしれません。

そして、成長して、ある種の輝きが失っていくにつれ、
その羽根のエネルギーも
輝きを失っていくのではないのでしょうか。


いつまでも光希が、
あの羽根の輝きを失わないようにしていかないとな〜と、
深く思うぶちパパでありました。

全文を読む "(93)光の羽根"
(92)スピリチュアルな子供達
Posted by ぶち at 2006年01月31日  ☆ネガティブなことばかり強調していると、   結果として、構造体の壁を強化し、   エゴを強めてしまいます。   霊的に成長するためと称して、   ネガティブな行動 —例えば自己否定—   をとった場合にも同じことが起こります。☆                                       「なまけ者のさとり方」より **********************************... 全文を読む "(92)スピリチュアルな子供達"
(91)シンクロのサイン
Posted by ぶち at 2006年01月23日

“石橋を叩いて渡る”という言葉があります。
「とても慎重に物事を進めていく」というような意味です。


以前書いたことかもしれませんが、
高校時代に好きな人がいました。

とても仲良く遊んだりしていましたので、
「も〜、これは告白するしかないでしょ!」と
盛り上がり告白したら×でした・・・。

(まだ若きぶち少年はその後、暗い青春を過ごすのでありました・・)


高校卒業後も、なぜか彼女から、たまに連絡があったりして、
一度だけ、二人で食事をする機会があって、

その時も何だか彼女に対して、淡い恋心を抱いていた僕は、
ウキウキモードで、いろんなお話を彼女としました。


その時に「実はね。」と、彼女が
僕を振ってくれた(?)時のことを話してくれました。

その頃、彼女も僕のことを好きだったのだけれども、
彼女の親友も僕のことが好きで、
そのことを親友から先に言われてしまい、
僕の告白を断るしかなかったとのこと・・・・。


それを聞いて、
僕は「もう少し早く告白していれば!!」と
非常に落ち込みました。


ちなみに、別れ際に彼女は、
「やっぱり、一度好きになった人は、ずっと気になるのよ。」
と言ってくれましたが、
かなりダメージを受けていた僕は、あまり思考が働かない状態でした。

それがもしかしたら
「今でもあなたのことが気になっているの。」
という意味ではないのかな?
と気づくには、それから3年の月日が必要だったのであります。


僕にはとても先輩思いの後輩がいて、

彼から、「先輩は、こと恋愛に関しては
『石橋を叩いて壊す』タイプだからな〜。」と
よく心配されていました。

かつての僕は、恋愛に関しては、
「大丈夫だろうか?本当にこの橋 渡れるだろうか?」と
橋をがんがんと壊れるまで叩いて、
「ほら、やっぱり壊れた!」と納得するタイプだったようです。


話は大きく変わりますが、
山川亜希子さんは、よく次のようなことを言われてます。

「3回同じことが続いたら、シンクロのサインだと思って
       その流れに乗った方がいいですよ。」(ぶちの意訳です)


僕はかなりの人に振られています。
(自慢じゃないけどね)

恋愛の時なんて、きっとシンクロのサインがいっぱい出ているはずですが、
どうやら、そのシンクロのサインをかなりの数、
見落としていたようです。


その結果、シンクロの流れに乗れないで、振られたり、
反対に誰かに好かれているのが
わからなかったりしたのではないかな〜と思うのです。

では、シンクロのサインを見落としていた理由は
何だったのかというと、


僕の場合には、

自己評価がとても低かったこと(=自分をあまり好きでなかったこと)
につきると思います。


だから、いろいろなサインが目の前に現れても、

「いや〜、これは単なる偶然だよ。」
「僕にはふさわしくないでしょ。」


と言って、無意識に受け取らないようにしていたようです。
あ〜、何と暗い青春時代だったか!


でも、そういう暗い青春を過ごせたからなのでしょうか、
今ではかなり受け取り上手になっています。


そして、まだまだ青春真っ盛りであります♪

全文を読む "(91)シンクロのサイン"
(90)バランス
Posted by ぶち at 2006年01月16日

この宇宙はすべて絶妙なバランスで成り立っています。


「あーねら」に来ていただくお客さまへのアドバイスも、
その方の生き方や癖によって、自然に変わってきます。

肉体派というか、
自分の身体の部分に重きを置かれる方には、

「『腰痛は怒りである』という本を知っていますか?」とか、

「『借金をすると首が回らなくなる』と言いますが、
 精神的な不安や緊張が、本当に首の筋肉を
 緊張させているようですよ。」のように、

心の部分にも関心を持ってもらうようなアドバイスさせてもらってます。


スピリチュアル派というか
自分の心の部分に重きを置かれる方には、

「一人でカラオケに行って、存分に歌ったり
 気ままにお散歩をするといいですよ。」とか、

「『怒り』は肝臓とも関係が深いので、
 掃除をされるといいですよ。」

「溜まった感情を出すのに、プハン(吸い玉)も有効です。」など

身体の部分にも関心を持ってもらうようにアドバイスさせてもらってます。


そんなアドバイスが自然と出てくるのも、
僕とお客さまの間で、
その方の方向性に対して
自然とバランスを取ろうとしているからなのでしょう。


ゆきさんも僕との関係では
バランスを自然と取ろうとしています。

僕は「思ったら、すぐにでもやっちゃえ!派」なので、
ゆきさんは、良きストッパー役になってくれています。

通常の会話でも、僕が言ったことの反対側に立って
意見を言ってくれます。

例えば、
「今日はスピリットダンスがあるから、一緒に行かない?」
と僕が言うと、

「でも、家でのんびりしているのもいいかもしれないよ。
 最近疲れてるでしょ?」
みたいな意見を返してくれます。


ですから、ゆきさんに何かお願いがある時には、
逆の方向性も含めた話し方をする時があります。

例えば、
「今日はスピリットダンスがあるけど、やめておこうかな〜。」
と言ったなら、

「もし疲れているなら行かない方がいいけど、
             行きたいなら行ってくれば?」
という方向性の言葉を返してくれます。


きっとパートナー同士というのは
結びつきも深いので、
そうやってバランスを取ることも多いのでしょうね。

そういえば、
奥さんがスピリチュアルなことに興味を持つと、
旦那さんが逆にスピリチュアルなことに対して否定的になるって、
よく耳にしますが、

それも知らず知らず、お互いの中での
バランスを取ろうとして、そうなることもあるそうです。

全文を読む "(90)バランス"
(89)身体が緩むと
Posted by ぶち at 2006年01月10日

人の身体は不思議です。


この年末年始も風邪をひいていたのですが、
何日か休める!と思うと
身体も即座に反応して、風邪をひいてくれます。

まあ、緩みなさいということなのでしょうね。


日本は四季がはっきりしていますので、
冬と夏で、骨の広がりが変化していきます。

秋が深まるに連れて、骨盤→肩甲骨→後頭骨の順に
寒い冬に備えて、骨が引き締まっていきます。

また、春に向けて
今度は逆に、後頭骨→肩甲骨→骨盤の順に
骨が緩んでいきます。

その緩みがスムーズに行かない時に
身体は風邪を引かせたり、
くしゃみ、鼻水、涙などを積極的に出させようとします。

*くしゃみをした後って、ぼわ〜っと緩みますよね。


実はこのスムーズに行かない時の
くしゃみや鼻水、涙が出るという状態を
花粉症といっていることが多いのであります。

ですから、花粉症も
身体を緩ませるための、そして春の身体になるための
身体による身体のための
大切な方策と言えるのであります。


*最近は春以外でも花粉症の症状の人が増えていますが、
 これも頭を使った仕事が多くなったり、
 コンピューターを使う時間が年々増えているため、
 もっと緩ませて!という身体からの信号のような気がしています。

ただし、花粉症の症状はきつい!!

だったら、どうするのかというと
花粉症の時期が来る前に
身体を目一杯緩ませてあげることが必要となります。

その1つが今から2月くらいまでに風邪をきちんと引くことです。
きちんと風邪をひくと、身体も緩みますので、
花粉症にはなりづらくなります。


そしてもう一つはお正月をできるだけ、だら〜っと過ごして
朝からお風呂に入ったり、お酒でもたしなんだりして
ウハウハと心も身体も緩んじゃう生活をすることなのであります。

*身体にとってもお正月は大切な行事なのです。


もうお正月もすぎてしまいましたが、
だら〜っと過ごすことが出来なかった人は、
今からでも遅くありませんので、

身体(=心)のためにも
こころよくまで、だら〜っと過ごしましょう!


ちなみに、春の身体になるために
後頭骨が緩みはじめるのは、
だいたい1月8日前後からなのであります。

身体は春を迎える準備を今からしているんですね。

全文を読む "(89)身体が緩むと"
(88)新しい年のエネルギーを
Posted by ぶち at 2006年01月06日

1、自分の身の回りに起きることや、出合った人は、
  すべて自分へのメッセンジャーです。(=偶然の一致)
  

2、そして内なる自分をみつめていくことが、
  自分探しへの旅となります。

3、やがて自分の内に
  光や神と呼ばれる存在がいることが何となく分かった時に、
  今までよりも、ひとつ気ままになっていくのでしょう。

4、更に自分という存在が、
  この宇宙の中でも特別な存在だとわかった時に、

5、まわりの人たちもまた、ひとりひとり特別な存在であるのが、
  心に染み渡るように腑に落ちてきます。

6、そうすると、反対に自分というカテゴリーの枠が解けて、
  まわりの人たちとの、源という次元における
  一体を感じてくるでしょう。

7、それはその人の進度によって、全人類といっても、
  全宇宙といってもよいのでしょう。


1〜7までの流れというのは、
スピリチュアルな旅の1つの典型的なパターンです。

この中で4までは、自分を癒す旅であり、

自分に優しくしてあげるとか、
自分を認めてあげること、
自分の気持ちを尊重してあげることなどが

とても大切になってくるでしょう。
自分を癒す旅の中で、自分を優しく包む枠組み
(=いうなれば卵の殻)が出来上がっていきます。


でも案外ここから先に進むことは、
難しいのかもしれません。

6に進むには、自分がようやく作った癒しの殻を
自分で破って出てこないと、
まわりとの融合、一体感ができずらくなるからです。


エネルギー的にいうと、

4まではどちらかというと、本来の自分を取り戻すために
エネルギーを自分に取り入れることが大切になってきます。

*これが過度になると
 エネルギーを奪う人になってしまったり
 自己完結で終わってしまったりします。

6では、エネルギーは、まわりの人やものとの
相互通行になるので、お互いにもっと大きなエネルギーを
生み出すようになっていきます。


4から5、6に移行していく時に、
せっかく得た自分のエネルギーを、
他の人に奪われるのではないかという、

恐怖や猜疑心が起きやすくなるので、
これがなかなか難しい問題を生むことがあります。

せっかく得たものを手放す時や、
何かを新しく始める時の不安感と同じものでしょう。


4から5に行く過程は、人によって様々なのでしょうが、
何かの行事をみんなで一体感を持って楽しむのも
良いことだと思います。

友達の結婚披露宴、クリスマスもそうですし、
この新年の初詣を楽しむのも、
良い機会なのでしょうね。


今年もいろいろありましたが、本当にありがとうございました♪
来年もよろしくお願いします。

全文を読む "(88)新しい年のエネルギーを"
(87)サンタクロース・エネルギー
Posted by ぶち at 2005年12月27日

今日はクリスマス・イブですね。

もうすぐ光希が1歳になります。

彼が何歳になるまで、サンタクロースを信じてくれるかが、
これからのぶち家の幸せな課題の一つになるのかな〜と
密かに思っております。


サンタクロースは存在しないかもしれませんが、
サンタクロース的エネルギーというのは
地球上に存在する大きなエネルギーの1つとして、
はっきり存在すると、僕は思っています。

それは、子どもたち、恋人、パートナーへ
何かをプレゼントすること
(もしくはプレゼントを贈りたいという想い)で
生まれてくる、ほんわかと優しいエネルギーなのでしょう。

どこか無償の愛というエネルギーに似ているのかもしれません。


これを見方を変えてみると、

この地球上には、無償の愛的なサンタクロース・エネルギー
というものが存在していて、

そのエネルギーを受け取ることで、私たち人間も
自分の愛する人たちに
何かプレゼントを贈りたくなるのかもしれません。

そしてプレゼントを贈る喜びの波動や
贈られた人の喜びの波動によって、
サンタクロース・エネルギーが
更に大きくなっていくという
ステキな循環をしているんじゃないかな〜と
僕はひそかに思っています。

そう考えると、
とてもワクワクしてしまいます。


「恋人はサンタクロース」という有名な曲がありますが、

私たちはクリスマスではなくても、
いつでもサンタクロース・エネルギーを
受け取ることができるし、
そのエネルギーを他の人に流すことができます。

いうなれば、私たちは
いつでもサンタクロースになれるのではないでしょうか。

全文を読む "(87)サンタクロース・エネルギー"
(86)「犠牲者」に思える体験
Posted by ぶち at 2005年12月19日

前にもお話しましたが、僕の実家は中華料理屋さんです。
僕が中学生の頃までは、もっと規模も小さく
街のラーメン屋さんといった感じでした。

なかなか忙しかったこともあって、
小学生の頃から勉強するよりも、店を手伝うことを
親から強要されていました。

*今考えると、それも仕方のないことかもしれませんが。

小学生の頃は休みの日となると
昼間2時間、夜3時間の合計5時間の手伝いで、
毎回嫌で嫌でしょうがなかったことを覚えています。


ある日曜日、学校のクラスのみんなと
遠くの自然公園に遊びに行きました。

確か、小学校卒業記念にみんなで行こう!
ということで、盛り上がって行ったのだと記憶しています。

朝早く出かけて、夕方5時頃
くたくたになって家に戻りました。

「ただいま♪」と仕事中の父に言うと、
「何遅くまで遊びに行ってるんだ。早く手伝え!」と
怒鳴られました。

「楽しかったか?」とかそんな言葉を期待していた僕は
シュンとしてしまいました。

それでも、「まあ、楽しかったし・・・」と思いなおして、
とても疲れていましたが、すぐに手伝いを始めました。


そして夕食時、クラスの友達のT君が親御さんに連れられて
うちに食べに来てくれました。

T君は店のテレビで
僕が観たかった番組を観ながら
親御さんととても楽しそうに、ご飯を食べていました。

僕はそんなT君一家に料理を運んだり、
皿洗いをしていました。

T君と自分を比べて、お互いの境遇がなんて違うんだろうと
泣きながら皿洗いをしていたことを覚えています。


その当時の僕は、
(まあ、高校を卒業するくらいまででしょうか)
父親(もしくは家業)の犠牲になっていると、
心の芯から思っていました。


でも思うんですね。
この体験は僕にとって必要だったものだと。

よく他の方から優しいと言われたり、
いるとほっとすると言われたりします。

(夏はそばにいると暑苦しいとも言われたりします・・・)

それもきっと今まで僕が経験してきたことから
無意識に学んできたんだろうな〜と思うわけです。


もちろん、もっと大変な体験をしている人は
いっぱいこの世の中にいます。

僕にとって、丁度良い体験を僕はこれまで選んできたのでしょう。
(よく覚えてませんが)

全文を読む "(86)「犠牲者」に思える体験"
(85)「自分らしく」いること
Posted by ぶち at 2005年12月13日

誰にでも恥ずかしい思い出があります。

高校生の頃、大親友のH君と神戸に旅行に行きましたが、
その旅行は、
今でもH君に申し訳ない!と頭を下げてしまう旅行でありました。

夏休みに、夜行電車で行って1日神戸を歩いて、
夕方帰るという、なかなかのハードスケジュールでしたが、

行きの夜行電車から盛り上がっていた僕は、
H君の「明日は神戸は暑いから早く寝た方がいいよ。」
という忠告を無視して、

偶然一緒の席になった人たちと、
夜遅く迄、トランプで盛り上がってしまいました。


そのため、次の日は寝不足と暑さに参ってしまい、
H君に「あ〜、こんなに暑いなら来なきゃよかった・・」等など、

自分が早く寝ればよかったのに、
自分でも信じられないほど、
ぶつくさぶつくさと文句をH君にぶつけてしまいました。


そんな僕をH君は「だったら早く寝れば良かっただろ。」なんてことは
一言も言わずに「まあ、まあ。」と優しく接してくれました。

彼が本当にその旅行を楽しみにしていたのを知っていただけに
それをぶち壊してしまったみたいで
今でも申し訳なく思ってしまうのであります。


でも、その経験のおかげで、
その後、次のように思うようになりました。

「自分らしさ」っていうと、何を持って「自分らしさ」というか、
難しい話になってしまうのですが、

まあ、その時その時を自分の視点で楽しむことを
とりあえず「自分らしさ」とすると、


日常の、こころも身体も元気な状態の時に
「自分らしく」いることって、
それほど難しいものではありません。
算数でいえば、基礎問題のようなものでしょう。


でも、たまに「じゃあ、こんな時に自分らしくいられる?」と
試されているかのように、
(本当は自分で試しているのでしょうが)

心が穏やかでない状況や、身体がきついといった状況が
自分の目の前にどかんと現れることがあります。

そんな時に「自分らしく」いることって
それほど簡単ではありません。
算数でいえば、応用問題ですね。


そんな時に取り乱して、ぎゃーぎゃー騒ぐのも
悪いことでは全くありません。


でも、「おっ、(応用問題が)来た来た♪」と思って

「では、けっこう大変なこの状況で
どれだけ自分らしくいられるのかやってみよう♪」と思うと、

案外、大変な状況を気楽にクリアできることが
僕の場合多かったような気がします。

(で、もしクリアできたら、自分をほめてあげるといいでしょうね)


たまに「こんなに大変なのに、何笑ってるの!」などと
他の人にあきれられる時もあるのですが・・・


重ね重ねH君には感謝であります。

全文を読む "(85)「自分らしく」いること"
(84)マイ・ペース
Posted by ぶち at 2005年12月05日

☆あなた自身でいさえすれば、
  珠玉のように輝く至福の喜びが味わえるのです。

  その時、ありあまるほどのすばらしい喜びと
  幸せの意識のレベルに、あなたはいるのです。☆
           
               
              「なまけ者のさとり方」より

**********************************
先日、ある方から、

「何だか、気持ちのアップダウンが大きくて、
 気持ちの良い時には、好きなことを目いっぱいできるのだけど、
 気持ちが沈んでいる時には、何にも手につかなく
 なっちゃうんだけれど、どうしたらいいと思う?」

と質問がありました。


その人の右上の方を見ながら、
湧いてきたメッセージは「マイ・ペース」という言葉でした。


その人は僕のよく知っている人ですので、

いつもマイペースを大切にしている、この人に
マイペースと言うのは、どういうことだろう?

と、思いながらも
「『マイ・ペース』が良いみたいだよ。」と言うと、

やはり、?顔でした・・・・

「やりたいことがいっぱいあるのに、落ち込むと
 なかなか手につかないし、マイ・ペースだと
 思ったように進まなくて、イライラしちゃうんだけど・・」

と彼女は困った顔でした。


いろいろやりたいことがあるのに、
気分が乗らないのは何故でしょう?


大体、気分良く何かをする時って、
自分でやりたい!と思った時か、
それをすることで、相応の何かを得られる時だと思います。

例えば、同じお酒を飲むにしても、
自分で飲みたい!と思って飲むか、
会社の先輩に無理に誘われて飲むかで、
お酒の進み具合も、美味しさも違ってきます。
酔い方も違ってくるのではないでしょうか。

だから、やりたいと思っているのに、
それがなかなか進まない時には、
それは本当に自分がやりたいと思っていることなのか、
もう1度考える必要があるかもしれません。


また、進まないということは、
もしかしたら、まだ時期ではないことを
無意識に自分でわかっているからかもしれません。


そして、
「気持ちの良い時には、好きなことを目いっぱいできるのだけど、
 気持ちが沈んでいる時には、何にも手につかなくなっちゃう」

というのが自分のペースだと思うと、
イライラしないで、楽に過ごせるのかもしれません。


実は整体では、心や身体にはいくつかの周期で
高潮、低潮の波があると言われています。

それは約1週間くらいの周期から、2ヶ月くらいの周期など
いくつかあるのですが簡単に、次のように言えます。

高潮の時はエネルギーが湧き上がりやすく、その分怪我しやすい時期、
低潮の時には気分が落ちやすいが、じっくりと考えられる時期。

もちろん、1日の中でも元気が出やすい時間とか
エネルギーが流れない時間とか、人によってあるのでしょう。


人は、行動しやすい時期と、じっくりと考えやすい時期
の行ったり、来たりを周期的に行なっているのでしょう。

行動しやすい時に、じっくり考えることは難しいです。
じっくり考えやすい時に、行動はしづらいものです。

頭で判断しないで、身体に自然にまかせることが
やはり一番気楽なのでしょうね。

全文を読む "(84)マイ・ペース"
(83)時間の概念
Posted by ぶち at 2005年11月27日

先日行なわれた「なまけもの読書会」のあと、
なまけもの有志9名くらいで近くの居酒屋へ呑みに行きました。

その時に盛り上がった話題の一つが
「時間」の概念についてでした。


「時間」というものは
きっと昔の人が、「これがあったら便利だろーなー。」
と思って創った偉大な人間の創造物のひとつだと思います。

「11月26日、6時からの
 山川ご夫妻のセミナーに一緒に行きましょうね♪」とか、

「明日の5時が締め切りだ〜!」など

全国共通の「時間」という単位があるからこそ、
楽しいことも大変なことも含めて
いろいろなことを共通の認識として
物事がスムーズに流れやすくなっていきますし、
非常に便利なものあるわけです。


ところが、ところが、
皆さんお分かりのように、いつしか
時間を便利なものとして利用していた私達は
逆に時間に追われることや、時間に失望することが多くなってきました。

時間に失望するとは、簡単にいいますと

「あ〜!もうあの頃は帰らない!」とか
「あ〜!もう40歳になってしまった!この歳では○○ができない」

というような状態のことを指します。


また、時間という概念により、
「過去、今、未来」という概念がはっきりとなりました。

そして通常、時間の流れは
「過去→今→未来」
というふうになっているものとされています。

でも、タオイズムの中には
「未来→今→過去」と流れていくという教えがあり、

(すごく素敵な考えだな〜と思っております)

「過去→今→未来」というふうに
一定方向に常に時間が流れているかどうか、疑問も多いところです。

過去や未来に囚われがちになり、
今になかなか焦点が合わないというのも
時間という概念があるからかもしれません。


マイケル・ローズさんがおっしゃった、

「例えば、円の中心に自分という存在があり、
 その円周上(同距離)に過去、今、未来がある。」

という考えは、時間が中心ではなく、自分という存在が中心であると
言われているわけで、とても大切な考え方だな〜と思います。


話を飲み屋さんでの、なまけものたちの会話に戻します。
僕が他の人と夢の話で盛り上がっていると、

急に「体感的時間」という話が聞こえてきました。

要するに時計は、きちんと同じ長さで時を刻んでいるが、
実はひとりひとり、またその時々によって
時間の早さが変わるのではないかという話でした。

僕も昔から、どうもそうなんじゃないかな〜と
思っていたのですが、
どうやら科学的にも、そんな説もあるそうです。
(酔っていたので、うろおぼえですが・・・)


僕的な体感では(おそらく皆さんもそうだと思いますが)、

楽しいことを夢中になって行なっている時には、
時間がとても早く過ぎていくような感じがします。

そして更に愛しく時間を使うと
(例えば、大好きなのにあまり会えない人と会った瞬間など)
時間が止まったような感じになったりもします。

そして、面白いことに、愛しく使った時間って
身体のどこかに残っている感じがして、
いつでもその時の感覚や風景が取り出せる気がします。
まあ、永遠の時間といってもいいのかもしれません。


そうなると同じ80年の共通時間を生きたとしても、
楽しいことを夢中にやる時間や、愛しい時間を
いっぱい作っていくことで、

もしかしたら、時間に追われたり、
失望することも減ってきて、
「体感的時間」はかなり豊かになってくるのではないでしょうか。


まあ、楽しいなまけものたちの夜でありました。

全文を読む "(83)時間の概念"
(82)離婚について
Posted by ぶち at 2005年11月21日

最近、離婚についての
話題を耳にすることがよくあります。

アメリカではかなりの離婚率(50%くらいだそうです!)らしく、
日本でも、これから離婚率が高まってくるような気がします。

僕は、離婚が悪いとは決して思いません。

離婚をしたら、子どもがかわいそう!という意見には
僕的には全くその通りだとは思います。

父性、母性のバランスが安定している家庭が、
子どもには一番だと思うのです。


でも中には、実際に幼い頃に両親が離婚された方から
「両親が離婚して、僕はとっても良かったです!」
という意見をお聞きしたこともあり、

もしかしたら、
「子どもがかわいそう」という意見は
100%正しくはないのかもしれません。


例えば、僕にとってゆきさんは、
一緒にいて一番ほっとできて、甘えられる存在でありますが、
その反面、一番痛いところを突いてきてくれる相手でもあります。

(まあ、お互い様なのですが)

だから、「うわ〜きついな〜」と思うこともあれば、
「一緒にいて、幸せ♪」という時もあるし、

それが、楽しいわけであります。
お互いにいろいろなことを一緒に学んでいくことが、
夫婦って多いのでしょうね。


ですが、もうお互いのそこでの学びが終わって
離婚する夫婦もあるでしょう。

それはそれでOKだと思います。

また、暴力や虐待、性格の不一致などなど、
一緒にいても辛い関係であるなら、離婚を選択することも
当然かもしれません。


でも、「ん、ん?」と思うのは、

「何だか私よりレベルが低くて・・・」とか
「精神的な豊かさを感じられなくて・・」というように
別れたパートナーのことを非難している声を聞く時であります。


私たち、一人一人が素晴らしい存在であり、
全てのことが必然的に行なわれ、決して偶然がないとするならば、

素晴らしい存在であるあなたが、
さらにキラキラと輝きを増すために必要があって
その人と結婚していたことになります。

私達は思い一つで、
素敵な学び(=遊び)の道を歩んでいくこともできますし、
辛い犠牲者の道を歩んでいくこともできます。

どのような輝きを増すために、
その人と結婚していたのか?
と考えていくと、そこには犠牲者の道はないでしょう。


例えば、両親を含めて
人との関係性を見つめていくワークにおいて、最終的なゴールは
その人への感謝であったりします。

他の人だけでなく、全ての生命に感謝することが
より豊かに生きていくキーワードだと思うのです。

そうだとすると別れたパートナーに対しても、
同様に感謝できるようになることが
より楽な生き方なのかもしれません。

全文を読む "(82)離婚について"
(81)この人生で経験したいことは何ですか
Posted by ぶち at 2005年11月15日

実は小学5年生の時に
幽霊(地縛霊と言った方が正しいかも)になりかけました

友達同士で自転車競走をしていて、
トラックにぶつかる事故を起こしたのですが

事故を起こしたところ(A地点)と、
僕の記憶のあるところ(B地点)が
違うのであります。


足の骨は折るわ、耳から血は出るわで、
お医者さんから、命に別状があるかもと聞かされた
両親はかなり驚いたそうですが、
まあ、本人は寝ていたのでよくわかりません。

僕的にはB地点まで、楽しく自転車をこいでいたら
急に周りの風景が白黒になって、
「あれれ?」と思っているうちに
まるでテレビのスイッチが切れるように
真っ暗になってしまい、記憶が途絶えてしまったと
今でも思い出せるくらい鮮明な記憶だったのですが、

数年たってから、両親と事故の話をしていた時に、
BではなくA地点で事故に遭ったことがわかりました。


となると僕の魂だけ
A地点よりも800メートル以上先のB地点まで
のんきに自転車競走をしている気分で
身体から飛び出していたみたいです。


よくテレビでやっているような臨死体験とは異なるでしょうが
(トンネルもお花畑も見ませんでしたし)
この事故のおかげで、
何となく身体から魂が出て行く時の感覚が実感できました。

その後も、一見命にかかわるんじゃない?
と思えるような自動車事故を2度起こしました。

(僕自身は悔しいくらいに何事もなかったのですが、
 2回とも車は大破してしまいました)

1度目の事故では、トレーラーに衝突する瞬間に、
「(もうこの車は駄目になりそうだから)
どんな車を次に買おうかな?」とのんきに考えていましたし、

2度目の事故で、ガードレールに2度にわたってぶつかった時には、
「ハンドルがきかないし、まるでゴーカートみたいだ!」と喜んでました。

案外、死ぬ瞬間というのは、のんきなのかもしれません。
(身体から抜け出しても自転車競走をしていたくらいですから)

また、よく言われていますが、
自分が経験したいことをやり終えるまでは、
きっとこの人生、終わらないのでしょうね。

全文を読む "(81)この人生で経験したいことは何ですか"
(80)感情の結果として経験が生まれる
Posted by ぶち at 2005年11月08日

ニワトリと卵、どちらが先に生れたのか?
とはよく聴く話です。

通常、私たちはある経験があって、
その結果、怒りだとか悲しみといった感情が
湧き出てくるものを思っていますが、

果たして、経験の結果として感情が起きてくるのか?
もう一度考えてみる必要があるのかもしれません。


例えば、我が子、光希(10ヶ月)が同じように泣いていても、

あ〜、何て可愛いのだろうか(僕に似てます)♪
とぎゃーぎゃー泣いている声にさえ、
うっとりとしてしまう時があります。

同じようにぎゃーぎゃーと泣いていても、
ある時には、やれやれ一体何が不満なんだい!
そんなにうるさく泣かないでもいいんじゃないの!と
怒りエネルギーが湧いてきたり、

また、その泣き声に、
こちらまで辛くなってしまう時もあります。


では、光希が泣く前の自分の状況はどうだったのか?

泣き声にうっとりする時には、
その前の状況はうっとり幸せ気分だったり、

泣き声に怒りエネルギーが湧いてきた時には、
その前の状況は怒りふつふつ気分だったり、

そんな感じだったことが多いような気がします。


ある経験をする前の自分の感情によって、
その時の経験に対する自分の感情は
どうやら左右されがちのようです。

更に言うならば
「泣きっ面に蜂」と専門用語(?)もありますが、

もしかしたら、その時の感情によって
(自分のその時の感情に沿った)次の経験が起きることって
案外多いのかもしれません。

これは自分の波動と同じ波動が近づきやすい
専門用語(?)でいうところの
「類は友を呼ぶ」ということなのでしょう。

逆転の発想ですが、感情の結果として経験が生まれると
言ってもよいのではないでしょうか。


となると単純に考えるならば、

「悲しみ」という感情をあまり持たないことや、
言葉として「辛い」とか自己憐憫的な言葉を使わないことが、
悲しい経験を避けるための良い方法となるのかもしれません。

全文を読む "(80)感情の結果として経験が生まれる"
(79)固定観念
Posted by ぶち at 2005年11月01日

“1+1=”の答えは本当に2ですか?

有名な話で恐縮ですが、
発明王として今でも名高いエジソンさんが小学生の時に、

学校の先生に「1+1はいくつですか?」と尋ねられ
しばらく悩んだ末に、「わからない。」と
答えたそうです。


*違う説では、先生に
 『粘土1個と粘土1個を合わせるといくつになる?』
 と尋ねられて、少年エジソンさんは、

 『合わせたら、やはり1個になります。』と

 答えたとも言われています。
 これもすごい考え方だな〜!と感心するのでありますが。


先日、スピリットダンスに参加しようと
歩いていると、雨が急に降ってきました。

気持ちよい雨だな〜と、
カサを持ってなかった僕は、
「雨に唄えば」(とっても古いですね)を
唄いながら歩いていると、

前から、30代のおと〜さんと、
5歳くらいの女の子が歩いてきました。

その日は休日でしたので、
その女の子は、久々におと〜さんと一緒だったからか、
ウキウキ気分のようでした。


ところがおと〜さんは、急に降り出した雨に困った様子で、

「あ〜あ、雨が降ってきちゃった・・しょうがないな〜。」と

ぼやいていました。

それを聞いた女の子は、
「雨が降っても、しょうがなくないよ♪」と
楽しそうに言うのですが、

おと〜さんは、
「だって、雨だぞ。困っちゃうだろ〜。」と
雨が降ると、濡れてしまうし、
いろいろと大変だということを、女の子に説明していました。

それでも、女の子は屈せず、
「しょうがなくないよ♪」と言っていました。

少年エジソンも、この女の子も
面白いな〜と思うのは、

『1+1=』とか、『雨が降ったらどうなるのか』ということを

固定観念や、心配の先取りをしての考えではなく、
自分の純粋な気持ちから答えているということです。

やっぱり、子どもの発想って、すごいな〜と思います。


私たちは、様々な固定観念を年を重ねるごとに
身に着けてきました。

それは、それで自己防衛だとか、安全を確保する上で、
ある意味大切なことだったと思います。

でも、「それって当然でしょ。」ということを
もう一度違った角度から見なおすことって、
気楽に生きていくのに(身につけた殻をはがすのに)、
とても大切なことなのかもしれませんね。


例えば、より合理的に時間を使うことが
当然なのかもしれませんが、

会社に一番近い駅やバス停ではなく、
1つ前か、後の駅やバス停を、
降りて会社へ向かったり、帰りに使ったりすると、

それだけ時間はかかりますが、
もしかしたら何か得ることもあるかもしれません。

『それって、当然でしょ!』ということを、
お時間がある時に、見直してみませんか?

全文を読む "(79)固定観念"
(78)寿命を教えてくれるある箇所の粒
Posted by ぶち at 2005年10月24日

亡くなる4日前になると、身体のある箇所に
マメのような粒が出てくるということを、
以前、野口整体を学んでいた時に教わりました。


それを幼い頃に発見された野口晴哉さん
(野口整体の創始者です)は、

「あなたは4日たったら死んでしまうよ。」と
街の人に言って、しかもそれが良く当たるということで、
驚かれていたそうです。

まあ、そんなことを無邪気に(でもありませんね)言っていたのは
本当に幼い頃で、成人になられてからは、
当然、慎んで通常はあまり口にされなかったそうです。

では、その粒々に対して、レイキや整体、手当てなどのケアをすれば、
命がながらえるのかというと、
その逆に早く亡くなってしまうそうです。
(実際にそんな体験談をお聴きしたこともあります)

整体を実践する者のたしなみとして、
覚えておいた方が良いということで教えていただいたのですが、
実際にどなたかの、その箇所を観ることを、僕はまだしていません。


2年ほど前のある時、ぶち家が住んでいる厚木を中心に
○月○日の前後に、大きな地震が来るという
未確認情報がいくつも届いたことがありました。

もし本当に来るのなら、生死にかかわる問題だな〜と
思った僕は、自分の身体を調べましたが、
粒々はありませんでした。
(ほっとしましたけど)

その後、妻のゆきさんの身体を何度も調べようと思ったのですが、
結局、それはできませんでした。


もし、調べてみて、粒々があったとしたら・・・・
と思うとそれも怖かったのですが、
そんなことよりも、その日その日を
楽しく、きちんと向き合って過ごしていくことの方が、
よほど大切なことじゃないのかな?と思ったからです。

お蔭様で、大地震が厚木を襲うこともなく、
僕もゆきさんも相変わらずのほほんとしていますし、
この間、光希も生まれました。

おそらく、これから後も、
ゆきさんや光希の身体のある箇所に
粒々が出てくるか調べることはないでしょう。


数日前、ゆきさんと何かの話の途中で
寿命の話が出てきました。

どうやら、ゆきさんは88歳までは長生きする気でいます。
で、それまで僕にも生きていて欲しいとのお願いをしてきました。

僕とゆきさんは9歳違いです。
そこまで長生きするのは、果たして楽しいことなのかな〜
とは思ったのですが、

まあ、大変かもしれませんが、
97歳までは楽しく生きてみようかと、気ままに約束をしました。

さて、どうなることか。今から楽しみであります。

全文を読む "(78)寿命を教えてくれるある箇所の粒"
(77)力を抜いてみれば
Posted by ぶち at 2005年10月17日

秋の長雨の季節なのでしょうか、
ここのところ、雨の日が多いですね。

晴れの日には晴れの日の楽しみがあるように
雨の日には雨の日の楽しみがあります。

今日、「あーねら」から帰る時に、
ゆきさんから
「雨が降っているけど、大丈夫?」
という電話をもらいました。

これもまた、雨の日の楽しみの一つなのかもしれません。

多くの方にはうらやましがられることだと思いますが、
「あーねら」と自宅は徒歩3分という近い距離です。

それほど、雨も降っていませんでしたので、
電話でゆきさんに
「ありがとう♪」といって
小雨の中、帰りました。

また、その雨の心地良かったこと♪

何でこんなに心地よく感じたのかと、ふっと思ったら、

これは当然のことなのですが、
僕がこの雨を心地悪く思わなかったということに
尽きるのかもしれません。

(本当に当然のことですいません・・・)


なんでもそうなのですが、
自分自身が心地よく思えれば、
何でも心地良いものに変身します。


遠い昔、実家の中華料理屋で
とても美味しい「もつ煮込み」を出していました。
僕はその「もつ煮込み」が大好きでした。

ところが、近くにあった畑で
この「もつ煮込み」と同じような匂いが
よく漂っていました。

「何だろう?このおいしそうな匂いは。」
と近づいてみると、
それは(今ではみかけませんが)肥溜めからの匂いでした!!

その後、その畑のそばを
友達たちと通ると、友達たちは
「臭いな〜」とよく言っていました。

僕は暗い顔をして
「うん、そうだね。」と言っていましたが、
やはり臭い匂いにはどうしても感じられませんでした。


まあ、例え話になったか、どうかわかりませんが、
話を戻します。

今日の小雨の中歩いていて、気づいたのは、

自然体で、ゆったりとした感じの自分でいられたということです。
きっと、心地良さを感じている時って
何にも力まずに、何の抵抗もしていないのでしょうね。


随分前に、空を飛ぶ夢を見ました。
(まあ、フロイト的な解釈をされてもかまいませんが・・・)

はじめはうまく飛べないで、力んでいたのですが、
ふっと、
「そうだ!力を抜けば空をうまく飛べるんだった!!」
と思い出し、

力を抜けば抜くほど気持ち良く、
自由自在に空を飛んだという夢でした。


現実でも、きっと力を抜けば抜くほど、
緩めば緩むほど、気まま度が増していくのでしょうし、

現実を良い悪いではなく、そのまま現実として
楽しめるのかもしれませんね。

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(76)夢は心の寝相
Posted by ぶち at 2005年10月04日

我が子、光希(9ヶ月)は
夜中、そんなに動かなくてもいいんじゃない?
というほど、寝相が悪く、
2つ敷いた布団の上をゴロンゴロンと駆け巡っています。

皆さんの中にもいまだに寝相の悪い人っていますか?
そんな人は幸いであります♪

寝相というのは、その日の疲労を
取るために無意識に調整する意味で行っているようです。

この無意識に調整する動きは
エネルギーがないとなかなか出てこないので、
年齢と共に段々少なくなっていく傾向にあります。

あくびや貧乏揺すり、歯ぎしりなど、
生理的な動き(大体悪者にされてしまいますが)も、
そこに溜まったエネルギーを出すという役割もあるので
実はひじょ〜に良いものなのであります。


普段見る夢も
心の寝相みたいなところがあります。

無意識の中にため込んだ、もう必要のない感情や
エネルギーなどを夢として
発散させていることがよくあります。

*もちろん、ドリームワーク的なメッセージ性の高い夢や、
 予知夢もあります。
 
ですから、悪い夢なんてないですし、
すべては心が心地よい方向にいくために
夢として発散させているというのが、僕の見解なのであります。

依然、旅行先のある国で革命に出会い、
大変な目に会うという夢を見ました。

なんでそんな夢をみたんだろう?と考えてみると
どうやら前日に友達とやった
「大富豪」というトランプ・ゲームで
僕が『革命』という同じ数字を4枚持っているとできる役を
出すことができて、大喜びしたのが、
原因であったようです。
なんて単純なんだろうと、がっかりしました。

もちろん、最近、夢も見ないという人も
いるかもしれませんが、ご心配しないでくださいね。
それは心や身体が良い状況にあるからだということが
多いですので。

レイキには会いたい人と、
夢で会いやすくなる方法などもありますが、
お好きな人は、夢でもぜひ遊んでみましょう。

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(75)ビジョン・クエスト
Posted by ぶち at 2005年09月20日

『ビジョン・クエスト』という伝統的な通過儀礼が
ネイティブ・アメリカンの中にあります。

これはただ一人、大自然の中に身を置いて、
自分一人で自然と向き合い、
そして大地やグレートスピリット(大いなる魂)の
懐に抱かれ、つながりを感じることで、
自分の「ヴィジョン」や「ガイド」を得ようとするものです。


この旅の中では
出会った山や木、植物、動物たちの声を
注意深く聴くことが大切とされています。

それらと、その場所で出会ったことは
決して偶然では済まされない、大切なことだと言われ、
場合によっては、その旅で出会った動物の名前が
成人後の名前になることもあるようです。

(映画『ダンス・ウィズ・ウルブス』を思い出しますね♪)


若者が、大人になるために
ふるさとを離れて、一人で旅(=冒険♪)をして
何かの『ビジョン』を手に入れて
やがてふるさとに戻っていくというテーマは
世界中にあります。

そこでは、必ず主人公が自分の足で歩き、
そしてキーとなる人や動物たちとの出会いがあり、
その時はとても大変なことがおきるのですが、

それが後になって振り返ってみると
非常に大きな意味や成功のカギを持っていたりすることがあります。


『ビジョン・クエスト』とは
まさにそんな大人になるための旅=冒険そのものなのであります。

ですから、そんな儀式があると知った時、
僕はひじょーに「いいな、いいな」とあこがれ、
できることならやってみたいな〜と
未だに思っているのであります。

(そういえば、バンジージャンプも
ある国の通過儀礼だったですね。あれは僕はダメです)


今の日本にはこのような
大人になるための大変な儀式はありません。
ですから、大人なんだか子どもなんだか
わからない人たちが多いのかもしれません。

まあ、これも良い悪いでは当然ないですし、
僕的には、今の日本にとっては
面白いことかもしれないと思っています。


さらに想うと、
この『ビジョン・クエスト』は
今、この瞬間からでも、できるものかもしれません。

何も大自然の中に行かなくても、
街もまた大いなる自然の一部であります。

自分なりのテーマを決めて、決意すれば
山はなくてもビルがあります。
危険な動物はいなくても
危険な車やオートバイが待ち構えているかもしれません。
怖い上司やパートナーも・・・・
(これ以上は言えません)

あなたが決めたテーマのカギやヒントを教えてくれる
家族や同僚、道端のおじさんが
あなたを待ち構えているかもしれません。

大切なのは場の設定ではなくて
あなたの心の持ちようだ、ということを
あなたは知っているはずです。

そのように、盛り上がって考えると
私たちの人生はいつでも
『ビジョン・クエスト』だと言えますね。

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(74)家の掃除とグラウンディング
Posted by ぶち at 2005年09月11日

肝臓という臓器があります。

いろいろなお仕事をしてくれますが、
主には余った炭水化物をグリコーゲンに変えて貯蔵したり、
有毒物を中和したりしてくれます。

よくお酒を飲むとはれたりするのは、
お酒の中の身体に必要のないものを中和するために
一生懸命だったりするからでありまして、

実はお酒よりも
薬や栄養ドリンク、甘いものの中和の方が
大変だったりするようです。

この肝臓は『沈黙の臓器』というあだ名があり、
無口でがんばり屋さんです。

あまり弱音をはかないのであります。
そして、弱音をはく時には
かなりクタクタ状態となっていることが多いそうです。

何だか、人間にもこのタイプのがんばり屋さんがいますが、
きっと優しいのでしょうね。


東洋医学では人間の臓器と
それにかかわりの深い感情との対応をきちんと現しています。

肝臓と係わり合いの深い感情は『怒り』です。
ですから『沈黙』ではありませんが、
怒りを流さないとやはり肝臓が硬くなる傾向があるようです。

肝臓が『沈黙の臓器』であり、『怒り』を
ためやすいというのも、何だか分かるような話ですね。


さて、この肝臓は整体でも
トリートメントをする重要な場所です。

そして面白いことに整体では
この肝臓のバランスをとることによって、
掃除をはじめるようになることもある、と言われています。


もしかしたら、体内の毒物をクリアにしていく肝臓を整えると、
自分が住んでいる家自体もきちんと整えようという
気分になってくるのかもしれません。

そうすると『肝臓』=『怒り』=『掃除』というつながりが出てきます。


また、『掃除』を行うとツキがよくなります。
これは、よく他の方もおっしゃっていますし、
実際に先日、なぜだか突然、掃除をしたくなって
いろいろな場所を夢中でしていたところ、
いろいろ素敵なことが、すぐにやってきてくれました
(具体的には内緒ですけど・・・)。


さらに言うと以前書かせていただきましたが、
グラウンディングにも家の掃除はとてもよいものです。

そうすると

『肝臓』=『怒り』=『掃除』=『幸運』=『グラウンディング』
 
という面白いつながりが出てきます。

さらに、さらに言うと、どんなお払いをしても
毎日のように金縛りに会って、大変だった人が
部屋の掃除をしたら、金縛りに会わなくなったそうです。


そうすると
『掃除』=『肝臓、怒り』をクリアにし、『金縛り』にも会わずに
『グラウンディング』ができ、『幸運』がやってくるという
すごいつながりとなるわけであります♪

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(73)甘えという愛情表現
Posted by ぶち at 2005年09月04日

ここ数年で、
僕がむっとした回数が一番多い人は
妻であるゆきさんです。

「何でそんなことがわからないの?」とか
「また同じことをやってる!!」

といった感じで怒ったりしています。


夫婦とは一番大変な修行だと、
誰かが言ってました。

忍耐や受容などなど・・・・

でも僕は修行が嫌いです。

ゆきさんを怒りながらも
「あ〜あ。また怒っちゃった。」
と反省したり、落ち込んだりしています。


女性と男性とは違う生き物だから
どうしても、わからないところや
ぶつかるところが出てくるものだとは、よく聞く話ですが、
確かに、例えばコミュニケーションの仕方でも
男女で方向性が違うようです。

男性はおよそ答えを見つけるためにコミュニケーションを
進める傾向にありますが、

女性はコミュニケーションをすること自体に
楽しさや意味を感じる人が多いように思えます。

また、基本的に男性は、
少ない言葉や雰囲気で察して欲しいという傾向がありますが、

女性はわかって欲しいなら
きちんと口で言えば!みたいな感じがある気がします。

*少なくともぶち家はそういう傾向なのであります。


ですから、ゆきさんが話してきても、
「結局、答えはこうなんじゃないの。」
と僕が途中で言ってしまうと、
ゆきさんは少々つまらなそうな顔をする時があります。

また、どうして同じ話をしてくるんだろうと
僕がむっとすることもあります。


ただ、僕自身よく肝に銘じておきたいことがあります。

それは僕自身の、ゆきさんに対する甘えや自尊心などが、
ゆきさんに対して、むっとくる原因となっていることです。

きっと同じことを他の人がしたとしたら、
そこまでむっとしないでしょう。

むっとくる気持ちの奥には、
「何でわかってくれないの?」という甘えや
「僕の妻なんだから・・・」という変な自尊心が
隠れているような気がします。

もしかしたら、夫婦だけではなくて
親子や兄弟姉妹の関係でも、
同じようなことがあるのかもしれませんね。


まあ、自尊心はともかく、甘えというのは
ある意味、愛情表現でもあるわけです。

ですから、今度、気持ちに余裕がある時に
「君だから甘えていて、むっとしているんだ!」
と宣言して、ゆきさんにむっとしてみようかなと
密かにたくらんでおります。

全文を読む "(73)甘えという愛情表現"
(72)〜しなければならないエネルギー
Posted by ぶち at 2005年08月31日

明日でもできることは、
なるべく明日やるようにしています。

もちろん、明日も楽しくできるように、
今日のうちにやっておいた方がいいことは
今日のうちにやるようにしてますが。


20代の頃は
職員会議で配られる(先生してましたので)
来月の予定表を見るだけで、
「あ〜、来月も忙しいな。一体やっていけるのだろうか・・」
と暗い顔をしていましたので、

それから比べると
随分気ままになりました。

*あることがきっかけで、30代になってからは
 職員会議で来月の予定表を配られても、
 「まあ〜再来月には終わっているさ。」
 と思えるようになっていましたが。


同じことをするのでも、
それを楽しい♪という観点から行うと
自分の波動が軽くなっていくような気がしますし、

誰かにやらされているとか、
これをしないと〜になってしまうかも!という恐れで行うと
自分の波動も重く、エネルギーが消耗していくような
感じになるような気がします。


ですから、同じ話を聴くという仕事でも、
以前先生をしている時の
保護者面談の時は気が遠くなるような感じがよくありましたが、

今、お客さんのお話を聴くのは
非常に楽しく、ワクワクすることもあります。
 
よく言われる通り、「〜しなければならないエネルギー」に包まれると
自分の波動が固まったり、
エネルギーが消耗しやすくなる感じですね。


今の世の中は、おそらく親切心からなのでしょうが、
知らず知らずのうちに、
「〜しないと大変ですよ!」とか
「〜しないと遅れてしまいますよ!」というような
恐れをあおるような情報があふれていて、
それらの情報による恐れから
自分の行動を選択することが多くなっている気がします。

もしかしたら、子どもを育てる時にも
同じことを知らず知らず子どもに言っていることもあるかもしれません。


*「恐れ」と行動的に似てはいますが「慎重」であることは
 しっかり足が大地についた感じがしますね。


だから、基本的になまけものだからではありますが、
仕事にしても家事にしても

「はてさて、疲れてきたけど、これは今日やろうかな、
 それとも明日やろうかな?」と思った時に、

今やった方が楽しいかも?と思えたら
やるようにしているのであります。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ゆきさんも結構子育てで大変にもかかわらず、
光希が寝た後に、
今回のコラムの見直しと、次回のコラムを
せっせと書いていました。
きっと書くのが楽しいのでしょうね。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

全文を読む "(72)〜しなければならないエネルギー"
 (71)家族の縁
Posted by ぶち at 2005年08月22日

家族というものは不思議なものです。

「そで振り合うも他生の縁」といいますが、

*見知らぬ人と袖が触れ合う程度の些細なことも、
(または振り合うような間柄も、)前世から
 の因縁に依(よ)るものという意味です

家族の場合には、他生どころではない縁があるのでしょうね。


整体では、生まれたばかりの赤ちゃんの具合が悪い時に、
(当然赤ちゃんはまだ、ボディワークに
     耐えうる身体ではありませんので)
そのお母さんをトリートメントすると、
赤ちゃんの身体も整っていくと言います。

逆もまたしかりで、小さいお子さんをトリートメントすると
お母さんの身体も整っていく傾向があります。

それだけ、お母さんと赤ちゃんのつながり
(エネルギー的へその緒?)は強いのでしょう。


「兄弟は他人の始まり」という言葉もありますが、
兄弟、姉妹のつながりというのも
やはり強いのでしょう。

僕と弟は6つ、歳が離れています。
しかも両親が働いていたこともあり、
彼が幼い頃は、僕が親の代わりみたいな感じのところがありました。

父親から、よくひっぱたかれていた僕は、
やはり同様に弟が僕の意に沿わないことをすると
弟をひっぱたくようになりました。


ある日(僕が小学校3年生頃だったと思います)、
僕がお風呂屋さんから帰ってくると、
部屋で遊んでいた弟が、
「お兄ちゃんが帰ってきた!」と喜んで
部屋の真ん中に積んであった、おもちゃの山を飛び越えて
駆け寄ってきました。

(そんなことを今されたら、大喜びでしょうね)

僕はそんな弟の頭をひっぱたきました。

そんなことしたら危ないことと、
おもちゃを大切にしないとダメだということが
ひっぱたいた理由でした。
(弟には申し訳ないかぎりです)


その時です。
弟の頭をひっぱたいた瞬間に、
僕の頭にも激痛が走りました。
(まるで僕がひっぱたかれたように)

後ろを振り返っても、誰もいません。
僕はとっさに、
「どんなことを弟にしたのか、感じてみなさい。」
と神さまから怒られたように感じました。

弟は大泣きしていましたが、
そんな弟を抱きしめて「ごめんね、ごめんね。」と言いながら、
僕も大泣きしていました。


*そんなことがあってから、弟に対して
 僕は暴力を振るうことは、ほとんどなくなりました。

もしかしたら、こんな体験も
僕と弟のつながりが深いからだったのかもしれません。


このコラムを書いている時に、
ゆきさんと光希は並んでお昼寝をしていました。

ふと手を休めて、寝ている二人を覗いたら、
ほぼ同時に頭の方に手を伸ばして、
「ん〜♪」と伸びをしていました。

やはり、親子は結びつきが深いのでしょうね。

全文を読む " (71)家族の縁"
(70)時間をはずした日
Posted by ぶち at 2005年08月16日

時間というのは
万国共通のとても便利な約束事のひとつだと思います。

「〜さんと明日の○時にデート!」
「日曜日の○時○分からのテレビにピンクイルカが出るよ♪」

という様に誰でも分かる目安になってくれます。

でも今の日本において
逆にこの時間に追われる人が多いことも事実であります。

「○時の電車に乗らないと遅刻しちゃう!」
「もう○歳になってしまった・・」


この時間という制度は
昔々、誰か人間が作った
しろものに過ぎないのですし、

それを楽しく使えるなら良いのですが、
追われてしまうのはもったいないことかもしれませんね。


まして私達は時間という概念を
過去から現在そして未来へと、
一直線に続いていくものだと理解していますが、

宇宙には、もしかしたら人間が理解しているような
時間という概念が通用しないかもしれません。

もしかしたら、よくSFなどの世界でいわれているように
過去も現在も未来も同時進行で進んでいるのが、
宇宙的な時間なのかもしれません。

*そうなると全てが「今」ということになりますね♪


それから、私たち一人一人の中でも、
そして、一人の人でもその時々において、
もしかしたら時間の進み方が本当は違っているのかもしれません。

本当に充実している時、時間(と私たちが呼んでいるもの)は、
とても速く過ぎていくことがあります。

ある人はほんの20分程度の瞑想をしたつもりだったのが、
4時間も時間が過ぎてしまったということを
聞いたことがあります。

逆に何だか集中できない時には、
時間はだら〜っと間延びしたように過ぎていくような感じがします。

ですから、人生を何歳という
時間を使って、「僕は○歳です。」と数えるよりも、

「僕は450ユタカです♪」なんていうように
どの位豊かだったかで人生を数える方が
もしかしたら楽しいかもしれませんね。

*もちろん、人生が豊かでなければ
 ならないことはありません。


 

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(69)陰徳
Posted by ぶち at 2005年08月11日

陰徳という言葉があります。
誰にも知られずに積む徳のことを言います。

「誰も見ちゃいねーけど、お天道様だけは見ているぜい。」

という昔気質(?)の言葉です。

例えば、私のお店「あーねら」は
ビルの2階にあります。

もちろん入り口は1階にありますが、
前にセブンイレブンがあったりで、
結構ゴミを落としていく人が多いです。

また、このビルに住んでいる人でしょうが、
「何で自分が住んでいるところなのに
こんなところにゴミを落とすかな〜。」と
憤慨するくらい、こまめにゴミを落としてくれます。


そんなゴミを見る度に、
軽い怒りを覚える僕なのでありますが、
そんなゴミを誰も見ていない中、
にこっと笑って拾うのが
まさに陰徳なのでしょうね。

ゆきさんはコンビニで細かいおつりが出来ると
それをためらいもしないで、
よく募金箱にちゃりんと入れています。

そんな姿を見ると
「陰徳だな〜」と感心します。


この世の中、まさに自分と宇宙との一対一の関係で、
自分の環境=自分の心の鏡であるならば、
誰に見られるわけでも誉められる訳でもない、
徳を積むことは、
一番ストレートに自分の心の鏡をきれいにすることかもしれませんね。


家庭で、職場で、または道端で
「なんで私がしなければいけないの!?」
ということが起きた時に、

にこっと笑って、
心の中で「陰徳、陰徳」とつぶやきながら
やってみると、案外その後良いことが起きるかもしれません。

流した波動は必ず自分に帰ってきますから。

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(68)立ち止まって深呼吸
Posted by ぶち at 2005年07月24日

何だか訳が分からないほど、
忙しい時って経験されたことあると思います。


10年以上前に先生をしていた時に、
とにかくやらなくてはいけないことが、
行列をつくって待っているような忙しい時がありました。

1つのことをやり終えて、
その順番待ちの列を見ると
さっきよりも用事が増えているという感じで
まるで有名人さんのサイン会みたいでした。

そして、ついに学校で倒れてしまって
2ヶ月ほどお休みをもらいました。

休みが明けて、学校に戻ってみると、
僕がいなくても当然のように学校や学級は動いていました。

(僕の分お仕事を引き受けられた方には本当に感謝でしたが)

そう考えると僕の忙しさって一体何だったんだろうと寂しくも感じました。


時間に余裕がある時、
心にも余裕ができて、
自分自身の精神的な豊かさを求めたり、
他の人の心の様子をおもんばかったりすることができます。

でも時間に余裕がなくなってくるとどうでしょう?

今は普段とは違い“特別”忙しい時だから、
精神的な豊かさや、思いやりの気持ちをいったん横に置いて
戦闘モードで対処したりすることって、
僕のこれまでの人生でも多々ありました。


でも、いつでも“特別な今”なんだな〜と思うと
時間に余裕があってもなくても、
気持ちに余裕って作れそうな気がします。


ぶち家も光希が生まれて
なかなか時間に追われることが多くなりましたが、

たまにお子さんを2人、3人と連れられて
にっこりされながら歩いているお母さんを見かけると
時間的な余裕と、気持ち的な余裕は
イコールで結ばれていないんだな〜と感じたりします。

もしかしたら、忙しい時こそ
「あなたは本当に豊かさや気持ち的な余裕を感じることができますか?」
と問われている時なのかもしれませんね。

全文を読む "(68)立ち止まって深呼吸"
(67)楽しいことに焦点をあわせて
Posted by ぶち at 2005年07月20日

時間は過去・現在・未来と流れていきます。

ところが人の頭の中は
過去・現在・未来という時間軸が
ごっちゃになっています。

過去のやだな〜と思った出来事も、
「明日〜しなければいけない。」という未来のことも
まるで今、体験しているように感じることが出来ます。

そういう意味では脳という肉体の器官は、
時空を超えた不思議な器官だな〜と思います。

(もちろん、大胆に言えば身体全体が、
時空を超えた器官なのでしょうが)


そして、過去のやだな〜と思った出来事に対して
自分の中にわいてきた感情(いわゆるトラウマも含めて)や、

これから〜しなければいけないという、
未来に対するストレスが、
今の心や身体に重く、のしかかってくることがよくあります。

ですから、
「過去を癒し、(未来に不安を抱えずに)今を生きること」というのは
スピリチュアルなことを学んでいる人には
とても大切なテーマだったりします。

ただし、たまには
心地よい面に目をむけてみるのもいいのかもしれません。
私たちの人生は決して辛い時ばかりではなかったでしょうから。

もしも過去のトラウマが
心や身体のどこかに潜んでいるとするならば、

過去のひじょ〜に楽しかった思い出も、
必ず心や身体のどこかに潜んでいるはずです。


辛かったり悲しかったりした過去に焦点を合わせると
身体のどこかが緊張するように、
楽しかったり、〜ができた!という過去の経験に焦点を合わせると、
身体のどこかがゆるんでいきます。

もしも、楽しかった過去が浮かばないという人は、
ヨガをやったり、散歩をしたり、
身体をゆるますボディワークを受けたりして
身体をほっとさせてあげて下さい。

身体がゆるむことで、過去の楽しい経験を
思い出しやすくなったりします。

「よく学び、よく遊べ」という言葉があります。
辛い過去から、様々な貴重な学びが得られますが、

楽しい過去で、ゆるむことも、
今のバランスを取る上で
大切なことじゃないかな〜と思うのであります。

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